OVER AGAIN 打掛3
打ち掛け3
誰かが泣いている。
すすり泣く声が聞こえる。
周囲は薄暗くもやっていてあまり視界が効かないが、この雰囲気には憶えがあると塔矢アキラは思った。
そうだ。何度か見た、あの夢の中だ。
平安時代風の調度の日本家屋の中。
しばらく様子を見ていると人の気配がする。その方向に向かって目を凝らしてみると蹲った人影が見えた。
見覚えがあるその姿は、やはりというか、この夢だからというか進藤ヒカルであった。
今度は平成の中学生らしい普通の恰好だ。翻って自分はといえば、学校の制服だった。
そうして確認すると、修学旅行で民俗村に見学に来ているような気がしてくる。
それにしても進藤の様子がおかしい。具合でも悪いのだろうか。
アキラはゆっくり近づき、声をかけた。
「・・・・・進藤・・・」
返事はない。
蹲ったまま、ひたすら床を見つめている。
傍らにしゃがんで肩に手をかける。
「進藤、どうした?」
声をかけると、俯いていたヒカルは、顔を上げてアキラを見た
目には涙がたまっているし、頬には何度も流れたらしい涙の跡があるしで、流石のアキラもぎょっとした。
中学生になって以降、男の本気の涙など、碁で負かした相手のもの以外見たことがなかった。
状況が分からずとまどっていると、泣きながら進藤ヒカルが掴みかかってきた。
「・・・・・いないんだ。どうしよう、アイツがいない」
「アイツ?」
アキラが訊きなおすと、進藤ヒカルは何度も頷いた。
「アイツが居なくなって、オレ、すごく驚いて、それで、すごく探したんだ」
「・・・・・・・・うん」
「オレがバカだから何処かに隠れちゃったんだと思って、それでアイツに認めてもらおうとオレ、すごくがんばったんだぜ。」
「・・・・・・・・・」
「だけど、いない」
「・・・・・・・・・」
「もう、オレに出来ることはみんなやったのに、それでもアイツいないんだ。」
「・・・・・・・・・」
「何で? 何で? 何でだよ? なあ!」
「・・・・・・・・・」
「どうしよう。どうしよう。どうしよう」
「なあ」と言われても「どうしよう」と言われても困るアキラだった。
それから進藤ヒカルは首を前後左右に振りながら、周囲に視線を向けていた。
それで探し人が見つかるとでも思っているのだろうか。やはり様子がおかしい。
アキラは当惑した。アイツと言われても、さっぱりわからない。そもそも進藤は誰を探しているのか。
そこでふと、かつて夢の中で見た、総髪で烏帽子の狩衣男を思い出して、ダメもとでアキラは訊いた。
「進藤、アイツって誰?」
「え」
ヒカルは驚いたようにアキラを見た。
「アイツ・・・って」
何故そこで驚く? と突っ込みたくなったが、ここで雰囲気を崩してはチャンスを失ってしまう。
アキラは、かつて進藤ヒカルに対して出したことがないような優しい声で言った。
「そうだ。アイツが誰か分かれば、僕も一緒に探せる。」
ヒカルは、少しぼうっとした顔になって考えていたが、急に怒り出した。
「ふざけるな。オマエが知らなくてどうするんだよ!!」
そこでアキラは目を覚ました。
やはり夢だったのだ。
布団の中でアキラはつぶやいた。
「・・・・・・知らないよ。知るわけないだろ」
枕元で目覚ましが鳴っていた。
イライラしながら手を伸ばして目覚ましを止める。
脳裡にはかつて夢の中で見た、総髪で烏帽子の狩衣男の姿が浮かんでいた。彼のことを訊けるかと思ったが・・・。
「バカバカしい。所詮は夢の話だ」、とアキラは忘れることにした。