LIGIE.GRACE

OVER AGAIN 打掛1



打ち掛け1

自分は夢を見ている。と、アキラは思った。

何故か、これは夢だという自覚があった。



彼は木造の古い建物の中にいた。
それは寺か神社のような建物だった。
彼が立っている板の間は静まり返っていて、部屋の隅には畳が一畳分だけ置いてあり、その脇には屏風。
部屋と廊下の間には御簾が半分下ろされている。
夢だから当然だが、寒くも暑くもなく、光は淡く辺りを照らしていた。


彼は御簾の下を潜って部屋の外の渡り廊下に出ていった。遠くの対屋で和服を着た人々がゆらゆら見え隠れしている。
和服とはいっても、彼が見慣れたものではなく、神社か、テレビ放送の歴史ドラマででも見るような装束に似ている。

そうか、ここは神社だな。と彼は納得した。


物音ひとつしない廊下をしばらく歩いていると、御簾が巻き上げられた一室があった。
御簾の部屋側にはもう一つ布がかかっている。
それは、いつか学校の授業で習った「壁代」と呼ばれるもののようだった。
その壁代の隙間から室内を覗きこんだアキラは部屋の奥の方に人影があるのに気が付いた。


畳の上に碁盤が置いてある。その前に座る一人の青年。

狩衣に立烏帽子。髪は長く伸ばし、伸ばした先で一つに束ねている
華奢に見えるので一瞬白拍子を思わせたが、その体格はやはり男性のようだ。


その青年の膝には童姿の子供が座っている。せいぜい四・五歳というところか。角髪に結った髪がかわいらしい。青年が子供の手を取って黒石を握らせると、その子供はその手をぶんぶん振って嬉しそうに笑った。

どうやら、青年が子供に碁を教えようとしているらしい。
青年は子供の手を取ると、碁盤の上にその手を伸ばさせて何かをささやいた。
子供は碁盤の右上隅にかざした手をパッと開いた。碁石がその手から転げ落ちる。
青年はそれを見てちょっと困った顔をしながら、また何かをささやいた。
膝の上の子供は首を傾げて青年の顔をじっと見上げ、そして、手を青年の頬にあてて
何が嬉しいのかまた笑い出した。つられて青年も笑う。


(かわいいなあ)


アキラは、ほのぼのとしたその光景にしばし見とれた。


子供は余程この青年に懐いているのだろう。
他のものは目に入らないとでもいうように、そのままずっと青年の顔を見つめたまま動かない。いつまでもいつまでも、見飽きることがないかのようだ。

青年の方も、子供のほつれた髪をそっと直してやると、その顔をやさしく見つめた。


そのまま時が止まったかのように。




アキラは息をひそめてその二人を見つめていた。
迂闊に動いて、この絵のような場面を壊してはいけないような気がしていたのだ。




しかし、
(・・・あれ?)

アキラは、青年の膝の上に乗った子供の横顔を見て妙な既視感を持った。
(何処かで見たことがある・・・?)


角髪を現代風に直して、前髪にメッシュをいれた姿がオーバーラップして見えた。





「え・・・?」


アキラが驚いていると、青年が、ふっとアキラの方に顔を向けた。

初めからそこにアキラが居ることに気付いていたかのように、彼の目をまともに見た。
青年は少しだけ目を細め、
そして。


アキラに向かって微笑みかけた。
春の陽だまりのような、あたたかい、やさしい、美しい笑顔。



だが、その笑顔を見た時、

アキラは大量の氷水を頭からぶちまけられたかのような衝撃を受けて悲鳴を上げた。



「う、うわああああああああああああああああっ!!!!」




悲鳴を上げながら、彼は掛け布団を思い切り跳ね飛ばして起き上がった。


乱れた息を押さえながら、辺りを見回す。
いつもの、自分の部屋の中であった。



「夢か・・・」


それはもちろん夢だ。しかし、あまりにも生なましい夢であった。
「進藤・・・・・?」



夢の中で青年の膝に乗っていた子供。幼いながらも、それは紛れもなく進藤ヒカルの顔をしていた。

「・・・・・」
アキラは首を振った。全身が汗で冷えきっている。震えが止まらない。





(吐き気がする)

アキラは口元を手で押えた。