LIGIE.GRACE

OVER AGAIN 打掛2



打掛2


自分は夢を見ている。と、アキラは思った。

何故か、これは夢だという自覚があった。





気が付くと、彼は木造の、時代劇に出てくるような建物の中にいた。
彼が立っていたのは並んだ部屋の外周を取り囲む、板敷きの渡り廊下の片隅だ。

その場所は静まり返っていて寒くも暑くもなく、光は淡く辺りを照らしていた。


以前にもこんなことがあった気がする。
何時だろう。
もしかすると、それはやはり夢の中の出来事だったかもしれない。



 渡り廊下から外の庭が見えた。遠くの方に和服を着た人々がゆらゆら見え隠れしているが、それはアキラが日常見慣れた和服ではなく、いわゆる時代劇で役者が着ているような時代がかったものに見えた。


まあ、夢だからな。と、ミもフタもないことを考えながら廊下を歩いていると、ある部屋の奥の方に人影があるのに気が付いた。


畳の上に碁盤が置いてある。その前に座す一人の青年。
狩衣に立烏帽子。髪は長く伸ばし、伸ばした先で一つに束ねている。


あっ、とアキラは思った。この男には見覚えがある。
いつか夢の中で見た男だ。

その青年の碁盤を挟んだ向かいには若衆髷の少年が座っていた。自分より若干幼く見える。十歳位だろうか。
そして前回と同じく青年が少年に碁を教えているようだ。

下を向いているので少年の顔は見えないが、もしやと思ってアキラは少年が顔を上げるまで待つことにした。


しかし少年はなかなか顔を上げようとはしない。

待っている間、ずっと様子を見ていたが、どうにもこの少年は行儀が悪いようだ。
胡座をかいたり、立て膝を立てたり落ち着きがない。袖の中に手をつっこんで二の腕をポリポリ掻いたりしている。
とても人に教えを乞いているようには見えない。
自分が父に打ってもらっている時のことを考えると、有り得ない態度だった。




 ずいぶん時間が経ってアキラがいい加減待ちくたびれた頃、やっと少年は不機嫌そうな顔を上げた。
(・・・・・やっぱり)

少年はやはり進藤ヒカルの顔をしていた。




(・・・・・・一体何だろう、この夢)
先日の若獅子戦の二回戦で進藤ヒカルと戦えなかったのが気になっていて、またこんな夢を見てしまったのだろうか。


対局が終わり、どうやらヒカルは青年に負けたらしかった。
口を尖らせて、ふて腐れている様子だったのが、しばらくすると青年に文句を言い始めた。何を言っているのかまでは分からない。
音が反響してよく聞き取れないのだ。

ヒカルがぶうぶう何ごとか言い募っているのを、青年は気にした風でもなく、にこやかに聞いていた。
そして、ヒカルをなだめるように何かを言うと、閉じた扇で盤上の一点を指し示し、解説を始めた。
初め不機嫌そうに聞いていたヒカルだが、次第に表情が変わり、今度は熱心にあれこれ問いかけ始めた。青年もそれに応じて、質問に穏やかに答えている。

最後にはヒカルも深く納得したように頷き、笑顔を見せた。



微笑み合う二人を見て、アキラは焦燥感を抱いた。

(待て! 何を二人で納得しているんだ。僕にも、僕にも碁の内容を見せてくれ!!)

彼は二人に向かって叫ぶと、部屋の中に入っていった。
しかし、ある程度まで近づくと、それ以上アキラは二人に近づくことが出来なくなった。まるで見えない壁があるように、そこから一歩も先に進めないのだ。

しばらくその見えない壁と格闘していたアキラだが、どうやら無駄らしいと悟ると、あきらめてヒカルに呼びかけた。

(進藤! 進藤、聞こえないのか!? )

しかし、アキラの叫びも空しく、ヒカルは笑みを浮かべたまま青年から目を離そうとはしなかった。

(進藤!! その人は誰だ!?)

ヒカルは動かない。

その代わり、烏帽子の男がゆっくりとアキラの方に顔を向けた。

(・・・・・)

途端に強烈なプレッシャーがアキラを襲う。






前に見た通りの暖かく、やさしく、美しい笑み。

それなのに。


(・・・・・ううっ)
思わず声がもれる。



・・・何故自分はこんなにもこの男が恐ろしいのだろう。
分からない。

威圧感。そして、禁忌に触れたような恐怖。











そうだ。
これはこの世ならざる者。













その言葉が頭に浮かんだ時、アキラは目を覚ました。


「・・・・・・・・」

彼はゆっくりと目を開けた。
見慣れた壁が見えた。



彼は自分の部屋の自分の布団の中にいた。
時計を見る。午前四時二十三分。

やはり今のは夢だったのだ。



しかし、アキラは敢えて声に出して言ってみた。
「今のは何だ」

そうしないと、今の「夢」が夢として消えてしまうような気がしたのだ。
アキラは布団のなかで仰向けになったまま、暗い部屋の中で天井を睨みつけた。







「あの男は誰だ」