「雪古九谷」展は、石川県九谷焼美術館開館10周年を記念する特別展のひとつとして開催されています。同館の高田宏館長の著作である小説『雪古九谷』のモデルになった「青手桜花散文平鉢」を含め、作り手の世界感をやきもの形に変えて表現したという古九谷の名品が展示され、また、同小説に3点の古九谷が登場する場面の自筆原稿が見ることができるユニークな企画です。さらに、関係者の関心を集めているのは本展で初めて公開された名品が展示されていることです。
中矢副館長が「古九谷の一枚一枚が絵画であり、アートであります」「古九谷のエネルギーに酔ってしまいます」と語るとおり、この特別展に出品された古九谷は、どれ一つを見ていても、「古九谷には意味がある」ことを思い起こさせるものばかりで、その絵付は、他のやきものの範疇に入らないものです。それは、古九谷が焼かれた約50年の間で、依頼主の趣が変化したこと、何人かの作り手が入れ替わったことが考えられます。
とりわけ、古九谷からは強いモチーフで作られたことが伝わってきます。江戸時代初期であっても、加賀藩であったからこそ、古九谷の色絵や青手が生まれたのです。輸入された中国の磁器が南京や交趾など一度集荷された港から船積みされたことから、それを収めた古い箱書きには その所有者の考えで“南京大皿”とか“交趾焼”と書かれました。それだけに、見る者にはかなりのカルチャーショックを与えたことが想像できてくるのです。
そうした一人が美術工芸品に造詣の深かった加賀藩主 前田利常であり、利常はそれを見逃さずに、大聖寺藩に磁器生産を奨励させたとき、藩主 前田利治は、父の意向を受けて、大陸の混乱に紛れ込んで渡来した明人の陶工がもたらした技術も取り入れ、専門の絵師、あるいは絵心のある武士などに絵付させたと考えられます。こうして、当時の日本で作られたものとは考えられないようなものがつぎつぎに誕生していき、多種多様な名品が伝世されることになったといわれています。
このような解説のあと、“青い桜”と呼ばれた「青手桜花散文平鉢」をはじめとする多種多様な名品の紹介があった。
青手桜花散文平鉢 石川県立美術館蔵
高田館長が初めて見たとき、大きな衝撃を受け、小説『雪古九谷』を書き下ろすきっかけとなった作品である。他に類例のない構図で、びっしりと広がる緑の草の上に“青い桜”が落ちて行く瞬間を上から見た俯瞰の図として描いている。まさに、「絵画であり、アートであり」「古九谷のエネルギー」を感じさせる名品です。専門の絵師でなく、絵心のある作り手が絵付したと想像させる作品です。
青手唐草文大平鉢 個人蔵
今回初めて公開された古九谷です。径44.5cmの大平鉢の表面はつやつやと光り、緑一色で塗り埋められた全面に黒で華唐草が縦横無尽に配されてます。無限、連続の世界を表現している作品です。
*唐草文は草花文様の一種ですが、空想的な植物文様と考えられています。縦横無尽に空間を埋め尽くしてゆくかのようなエネルギーを感じさせる文様として多種多様に展開されていきました。古代エジプト時代のつなぎ文に端を発し、やがてギリシャのパルメット文を経て、ペルシャ、インド、中国を経て日本に伝播されたといいます。
色絵鶴かるた文平鉢 石川県立美術館蔵
加賀前田家だからこその文様です。トランプのスペードと日本的文様の鶴を配し、他に類例を見ない文様です中央に日本古来の四羽の鶴を、四方に異国趣味ともいうべきトランプのスペード文を配しています。緑・紫・黄の三色と共に、素地の白を使って、鶴の頭部と胴、スペード文の中の幾つかのハートを表現し、斬新で美しい平鉢です。
色絵松樹図平鉢 石川県立美術館蔵
古九谷の色絵でも青手でも素地の色で白を表現している作品の一つです。見込に紫で上から覆いかぶさるように松樹の枝が広がり、下方に大きい土坡を白抜きで、別の小さい土坡を黄で描いてアクセントをつけています。背景は黒い線で緑の市松模様を配しています。この古九谷の高台内の銘は、角福ではなく、二行四字の「五郎大夫」が書き込まれ、緑彩されているものです。五郎大夫が景徳鎮で祥瑞を学んで日本に持ち帰ったといわれますが、真偽は定かでないとされています。
色絵泊舟図平鉢 個人蔵
名品中の名品といわれ、海外、それもイタリアの港の風景を思い起こさせるデザインチックな画風は新鮮な感覚を与えてくれます。白地に、停泊する舟、干した網、櫂などを組合せて、黒線に渋い紫・緑・黄で港の風景を描いています。見込の緑には放射状に山形文、さらに外縁部にはパルメット文を配し、躍動感があり、見込みの静止した風景と対照的です。
青手団扇散文平鉢 小松市立錦窯展示館蔵
古九谷には中国の意匠を日本風にデザイン化した図案がありますが、そのひとつが、仙人の持ち物で、霊力をそなえたものとされた団扇です。団扇は着物にもデザイン化され、狂言の衣装などにも見られますが、この古九谷では、全面に三つの団扇が黒で線描きされ、その絵柄の地は黄、それ以外は緑で埋められています。
色絵囲碁図大平鉢 個人蔵
古九谷の濃厚な色彩に圧倒されますが、むしろ、この作品は白の素地が際立って多い大鉢で、囲碁を打つ人物の表現は狩野派の絵付であり、江戸時代前期の狩野派の絵師 久隅守景の画風を思い起こさせます。古九谷を焼いた大聖寺藩主 前田利治が江戸上屋敷において金碧障壁画を俵屋宗達に描かせたことからも、古九谷に狩野派や琳派の影響があったことをうかがわす作品です。
色絵四葉座十文字文平鉢 石川県立美術館蔵
丸い見込には白抜きで十の字で区切られ、縁には四つの葉文が少しのぞいています。区切られた四つの部分には襷文、毘沙門菱などを黒で線描きされ、その上を紫、黄、緑で塗りつぶしています。パッチワークのパターンを思わせるようなデザインです。キリシタンの十字架を表したと解説されることもありますが、当時、明などから輸入されてきた、精緻な絵付の祥瑞に見られる文様で、その影響を受けたものと考えられます。
*この資料は、平成24年11月10日、石川県九谷焼美術館で行われた同館副館長中矢進一さんによるギャラリートークをもとにまとめたものです。