Task.1 遂行

<< 前のページに戻る  次のページへ >>

   2

 翌朝。
 結局、例の怪盗団とやらが無事に(?)犯行を行ったとのことで、二人の昨夜の行動は潔白が証明された。大した取り調べも受けることなく武器を返却され、拘置所の外に出てきたところだ。
「誤認逮捕なんだったらさぁ、朝メシくらい出してくれたっていーのにな」
 剣のベルトを腰に巻きつけながら、ユッカがボヤく。
「そんなコト言って、ただ単に奢りたくないだけだろ。小遣い残ってんのか?」
「……ツケにすりゃ何とか?」
「それ全然何とかなってねぇよ」
 苦笑しつつラムディスも短剣を定位置に据えた。
「まぁでも、この任務を無事終えればまとまった金が入るからな。なんたって賞金十万ガルズ! 滞納してた宿代が一括で始末できるんだぜ!」
 瞳に希望の光を抱き、拳を力強く握りながら力説するユッカ。それをボーッと眺めながら、ラムディスは胸中で呟くのだった。
(……宿代に一生を賭けられるんだよな……すげぇよ……)
 しかし、イリーガルな世界において、受けた任務を放棄することはすなわち自身の未来に暗雲が立ち込めかねない。ラムディスとて、生きていくために命を賭けることは避けて通れない。それは自覚している。
「さしあたっては、だ」
 腕組みし、ユッカ。
「とりあえず情報収集にシアン通りのバーへ行くぞ。昨日オレが奴を見つけたのはそこだ」
 それを聞いてラムディスがゲンナリとした表情を作る。
「お前、よくあんなところで酒を飲む気になれたな。いかにもマズそう」
「んー……まぁ、確かに安酒だよな。あの辺のごろつきには、酔えりゃ何でもいーんだろうよ」
 ユッカは首に下げていたゴーグルを額の定位置まで押し上げると、屈伸などしつつ、
「さーて、いっちょ行きますか! 『急がば回れ』って言うし!」
「了解。正しくは『善は急げ』だけど、まぁ言わんとしていることは伝わった」
 どこか緊張感のない会話を交わしながら、二人は目的の場所へと駆け出した。

 シアン通りはラナンキュラスの端に位置し、街で一番治安の悪いところだった。貧乏人とならず者達が自然と集まり好き放題する、王宮治安維持隊の自治力も最早お手上げの無法地帯。悪いことを企む人間が身を寄せるならこういう場所だろうと、実に分かりやすく提示してくれている。
「王都でも、こういう日の当たらない場所ってのがあるもんなんだねぇ」
 道に転がる飲料容器を蹴り蹴り、ユッカがしみじみと呟く。
 ラムディスも肩を竦めながら、
「たまたま目立っちゃっただけの小悪人とっ捕まえて、住民に『僕たち仕事してまーす』アピールが出来ればいいんだよ。見せしめってやつ? 誰も本気でこの土地をどうにかしようと思っちゃいない。税金食って生きてる組織なんてそんなもんだ」
「他をキレイに見せるために、肥溜め作るってか。腐ってんなー」
 今は税金を納めていないため他人事だが、いずれこの世界から足を洗った日には納税の義務も出てくるだろう。その時も同じことが言えるだろうか。近い将来か遠い未来か分からないが、ラムディスはそんなことを考える。
「まぁ、ここのヤツらも馬鹿だから? 多分これはこれで居心地いいんだろーな」
 カランカランと転がる容器の音が途絶えると同時に、長剣と鞘がこすれる音。左腕でそれを軽く振り下ろして不敵に微笑んだユッカの視線の先には、『ザ・ごろつき』と形容するしかない男たちが武器を手にこちらを睨んでいた。
「おー、今日は頭数揃えてきやがった。筋肉で出来たノーミソでも、ちっとは考える余地あったか」
 剣を担ぎながら楽しそうに笑う相棒に、ラムディスはやれやれと溜息をつく。
「……昨日、相当暴れたみたいだな。アイツら目が血走ってるぜ」
「だぁーって、オレのことガキとか、金払えとか言って挑発してくんだもん」
「口尖らせたって可愛くねぇぞ」
 やっちまえ、とどこからともなく響いた号令とともに、男たちの集団が怒号を上げて迫ってくる。その数、十といったところか。迎え撃つこちらは二人。――だが、数の問題ではないことを、相手の中の何人が気づいているだろうか。
 最も身軽らしいナイフの男がユッカに向かって真っ直ぐ突っ込んでくるのを難なく躱し、続く別の男の小斧を剣の鍔で受け止める。軽く捻ると武器は簡単に手を離れた。
「ほらほら、得物はちゃんと握ってなきゃダメじゃない」
 奪った斧の柄で鳩尾を突く。壁を使って高くジャンプすると、油断していたらしいボウガン男の上に着地して踏みつける。慌てふためいた男たちが数人、ユッカと距離を置いて周りに円を作った。
 一方のラムディスは武器すら抜いていない。軽やかな身のこなしで攻撃を避けながら反転、腕をねじり上げ、かかと落とし、回し蹴り――スピード感のある体術で次々と男たちの攻撃意欲を奪っていく。
 モヒカン男の振り下ろした棍棒が地面に着くのと同時に飛び上がり、相手の肩を使ってアクロバティックな宙返り。緑のマントが戦場とは無縁の優雅さで舞う。視界の端に余韻が残っている間に、敵はいつのまにか自分の首が絞め上げられていることに気づくのだった。
 モヒカン男が完全に堕ちたところで、ラムディスは身を翻してユッカと背中合わせに立つ。
「かよわい一般市民の皆さんを斬ったりしちゃダメだぞー、ユッカくん」
「だーいじょうぶだって。丸腰の人間に負けたとあっちゃ、メンツ立たねーだろ? 体裁だけは整えてあげてんのよ」
 塵ひとつついていない長剣の刃を日に翳しながら、ユッカは取り囲むごろつきどもを一瞥する。一瞬怯んだようだったが、数の優位性を未だ信じているのか、今度は同時に襲い掛かってきた。
 洗練されていない動きは、長年幾多の戦闘を乗り越えてきた二人の目には緩慢にしか映らない。身に迫る攻撃の悉くを避け、こちらの攻撃は確実に当てる。打撃音、金属音。ガラスが割れる音。掛け声から悲鳴へ。音だけ聴いていても状況が分かるほど、一方的な展開。そして倒れた人間の呻き声が辺りを支配し始めた頃、ユッカが視界に赤い光を捉えた。
「! ラムディス!」
 短く叫んで注意を促す。――火炎瓶。
 ラムディスは頷き、右手のグローブを外す。そして飛んでくる瓶に腕を伸ばすと、
「――はっ!!」
 気合と同時に、掌の先に収束した何かが爆ぜた。
 瓶が割れ、中の油が飛び散る。竜の吐き出した炎のように瓶の炎が増幅し、残っていた数人を巻き込んで投げた張本人を黒焦げにした。
「……ありゃ、やりすぎたかな」
 右手をブラブラさせて、ラムディス。
「見た目シーフで、実は魔術師とか詐欺だよなー」
 剣を鞘に収め、ユッカは苦笑しながら、倒れている(同じようなパンチパーマの)ごろつきたちに同情の目を向けた。
「メインはシーフなんだよ」
「鍵開け出来ないのに?」
「うるせぇな。……っと、やべ、消火すんぞユッカ。延焼したら面倒なことになる」
 慌ててグローブをはめ直す。民家の裏口に転がっていたバケツを拝借して、二人は小さく燻っていた炎の鎮火作業を始めた。

 そこから目的のバーは目と鼻の先だった。
 扉や壁にはところどころ修理した跡があり、いかにも数多(あまた)の諍いの被害者然とした店構えである。『銃弾注意』などとバーの入り口に貼ってある紙を、無感動な声でラムディスが読み上げた。
「ンなもん注意した所で避けられる物じゃないと思うんだが」
「てーか銃自体珍しいよな。この辺じゃすぐ手に入るんかね。オレもいっぺん撃ってみたいぜ」
 ラムディスの指摘を軽い世間話で流しながら、ユッカは扉に手をかける。
 キィ……と乾いた音のする扉を開いて中の様子を確認する。午前中だけあってお客らしき姿は無い。カウンターの奥でマスターと思しき人物が料理の仕込みをしていた。
「いらっしゃい」
 まるで二人が尋ねるのが分かっていたかのように迎え入れられる。大きな身体に、引き締まった筋肉。華奢で優雅な酒場のマスターというイメージからはかけ離れた初老の男だった。先ほどのごろつきのような男どもを相手に商売するのだから、このくらいでなければ駄目なのだろう。
 二人は店の奥に進み、カウンター席に腰かける。
「アンタたちかい、さっきの大立ち回りは」
 こちらから話しかけるより先に、マスターが口を開いた。
「あー、悪ィね、店の前で暴れちまって。ヤツらにはよーく言い聞かせといたから」
 悪びれる様子もなくユッカが答える。それを聞いて、マスターは呵呵大笑した。
「若いのにやるねェ。――ヤツらはこの辺りでも特に行儀がよろしくなくてなぁ。しょっちゅう喧嘩して新規の客足を途絶えさせるばかりか、本人たちの金払いが悪いのなんのって。いやぁ、スカッとしたよ」
「そりゃますます悪いことしたな。オレらが負けときゃ、奪った金をココに落としてくれたかもしんねーのに」
「何言ってんだ、俺たちだって大して金持ってないだろ」
「それもそっか。……というワケでマスター、ちょっと話が聞きたいんだけど、いい?」
「あぁ、俺に分かることだったら何でも聞いてくれ。厄介払いしてくれたお礼に、一杯ずつ奢ってやろう」
「おっ、ありがたい! 運動したおかげで喉乾いてたんだ」
 ラッキー、と二人は拳を重ね合わせる。ついでに煮込み料理の香りが空腹を刺激し、ユッカの腹が盛大に鳴った。
「……お前の腹は正直だなぁ。飯も食ってくか?」
「おう! 『腹が減っては動けない』って言うしな! じゃあマスター、メシはツケで!」
「……いろいろとツッコミが必要な発言だな、今の」
 どうやら約束は覚えていたらしいが堂々とツケ宣言するユッカ。次いつここに来られるか分からないということで、結局ラムディスがお金を立て替えるハメになるのだった――

「大柄のスキンヘッドの男、か……あぁ、そういえば確かに昨夜、そんな男が来たな。少し話したが、その時は遺跡の場所を知らないかと聞いてきたぞ」
「いふぇき?」
 アツアツの皿、肉の塊をもぐもぐしながら、ユッカ。
「南東の山の方にバルト遺跡っつーのがあってねェ。はるか昔に栄えた街だが、黒魔術の暴走によって滅びたって話だ」
「バルト遺跡なら知ってるぜ。近くに金山もあってかなり人が集まってたんだが、盗掘や墓荒らしが取り尽くしちまって今はほとんど何も無いらしい」
「お、下調べバッチリ? さっすがいい仕事してるねーラムちゃん♪」
「その呼び方ヤメロ」
 ニヤニヤと肩に肘を乗せてくるユッカを面倒臭そうに払い落とす。
「ってコトはなにか? ガッツェの野郎も遺跡の何かを狙ってんのかな?」
「大筋ではそうかもな。黒魔術で滅びたっていうなら、それ相応の媒体やら魔法陣の痕跡やら残ってるかもしんねぇし」
 ユッカは拳で掌を打ち、赤い瞳に自信満々の色を宿す。
「よっし、じゃあ早速オレらも行くとしようぜ! ヤツが何かする気だとしても、昨日の今日ならまだ間に合うだろ」
 付け合わせの野菜ソテーをミルクと共に飲み込んで、ラムディスも立ち上がった。
「だな。――マスター、ごちそうさま。情報サンキュ」
「またいつでもおいで」
 見た目よりだいぶ優しい印象のマスターに見送られ、二人は酒場を後にした。

 外に出たところで、今回の仕事の概要を改めて確認するため、ラムディスは手配書と命令書を荷物から引っ張り出した。ユッカがそれを後ろから覗き込む。
 手配書には顔写真と名前、そして獲得賞金が大きく十万ガルズと書かれているのみ。必要最低限の情報しか載せられていないのは、それが一般向けに貼り出される手配書ではないからだろう。詳細が書かれている命令書の方を要点だけ読み上げる。
「ガッツェは某国立魔術研究院の元所員だな。――立場を利用して門外不出の魔導書を手に入れ失踪、のち除名。研究院でも行方を追っていたが、国外逃亡した模様」
「ここまでだったら、別に公認ハンターさんへ任せちゃってもいーんだけどなー」
「あぁ。魔導書を金目的で売りさばくために盗んだような小物だったら、あちらさんの方が適任だな」
 ユッカの言にラムディスも頷く。正面向きの顔写真は最近のもので、しかも隠し撮りではない。公的な機関からの提供だという証左だ。
「問題は、ヤツ自身が魔法発現能力を持っていて、しかも禁呪の研究に没頭してたってことだ」
 その禁呪の開発に成功すれば軍事兵器に利用される危険性があり、またその禁呪は使用方法によっては小さな国の一つぐらいなら完全に消滅させるほどの威力を兼ね備えているので、早急に対処してほしい――と、命令書の依頼文は締めくくられていた。通常は『対処』という言葉をどう捉えるか微妙なところだが、イリーガル・ハンターの場合は当事者の死亡、つまり『抹殺』を言外に指示してきている。
 禁じられた魔法の探究者が、犯罪者として追われてでも得たかった禁書。売られるのではなく、実際に本人が使用する可能性が高い。そして放置すればその懸念が現実になることは想像に難くない。イリーガル・ハンター・ギルドへの依頼は、内部の人間による国際問題になりかねない不祥事を、極秘裏に且つ迅速に処理するための苦肉の策だった。
「禁呪ってのはどーいう類の魔法なんだ?」
 書面に目を滑らせながら、ユッカが首を捻る。生まれつき魔法に弱い彼にとって、魔術師を相手にするとなると多少慎重にならざるを得ない。
「さすがに禁呪の内容は極秘事項になってるな。葬られた古代魔法だから、大魔術師でもない限り成功率は低いらしいが。それと物理魔法(エレメンタル)は氷を得意としているってデータがあるな。たかがイチ所員に精神魔法(メンタル)を使いこなせるとも思えねぇし、大体それなら注意事項に記載があるはずだろ」
「そっか。……とにかく禁呪を本格的に使われる前に倒せばいーんだよな?」
 説明を聞き、若干ホッとした様子でユッカは笑った。それにラムディスが釘を刺す。
「どういう禁呪か分からない以上、油断はするなよ?」
 分かってる、とユッカ。手配書の顔写真を握り潰して。
「あぁ。大事になる前に決着つけてやろうぜ」

<< 前のページに戻る  次のページへ >>