Task.1 遂行
3 城下町ラナンキュラスを出て、一路バルト遺跡を目指す。 酒場のマスターによると「馬で行けば二時間ほど」とのことだが、二人分の馬を準備出来るほど路銀に余裕はない(何せ給料前だ)。往復分の水と食料を持って歩き出した二人だったが、橋の無い川が横たわっていたり、森で方位磁針が狂ったりで思いの外困難な行軍を強いられていた。 「つーか何だよこの地図! てんでデタラメじゃねーか!」 ビリッ! と軽快な音を立てて、質素な素材の紙が真っ二つに分かれる。その間から現れたユッカの表情は怒りに満ちていた。 「あああ何やってんだお前! 俺が苦労してやっと手に入れた周辺地図を!」 「だってよー、こんなトコに崖があるなんて描いてねーし!」 二人の目の前に広がるは、高さ七~八メートルはあるであろう岩肌。地図が指し示すバルト遺跡はこの草原(虚偽)の先にあるとのことだ。――さっきからずっとこんな調子だった。 「大体、山と街と海岸線しか描いてない紙っきれのどこが地図だよ!」 「マスターも場所までは知らんって言うし、ヨボヨボのジーサンの記憶は曖昧だしで、むしろ地図があるだけありがたいと思えよ!」 それは昨日の単独行動中に、得た情報を元に製図の知識など微塵もないラムディスが必死に描き起こしたものだった。出来が悪いのは自覚していても、面と向かって否定されるとカチンとくる。 未だブーブー言っているユッカを無視し、ラムディスは道具袋を探る。取り出したのはフック付きロープ、それを崖の上方の岩に向かって放り投げる。――カキッ、と手応え。引っ張って外れないことを確かめると、そのロープの末端をユッカに差し出した。 「ん?」 「ん? じゃねぇよ。ホラ」 有無を言わさず押しつけると、もう一本のロープを同じように岩に引っかける。 一連の動作をボケーッと眺めていたユッカだったが、ラムディスが岩肌に片足を掛けた時点でようやくこれから何が始まろうとしているのか気づいたようだ。 「ま、まさか……コレ、登ってく……のか?」 「当たり前だろ。サッサと行くぞ」 「はぁ!? マジで!?」 「マジでだ。今更怖気づいたのか?」 にっこり笑顔で答えるラムディスに、ユッカは思わず唸る。諦めたように項垂れて、 「……分かったよ。あぁ、オレの燃え盛る生命のともしびはこの細っこい一本のロープに委ねられたのか……」 「俺の商売道具にケチつけんならナシでもいいけど?」 「と、ととととんでもない」 ユッカはそれっきり黙ってしまい、二人は淡々と崖を登っていった。 やっとの思いで登りきった崖の先、山の麓に広がるバルト遺跡の跡地。木々の生い茂った中に一際異彩を放つ洞窟があった。入口に誘導するかのように立つ石柱はだいぶ風化しているが、かつて栄えた街の名残か、朽ちても威厳を感じさせる。 周囲を偵察し終えたラムディスが、草をかき分け戻ってきて言った。 「ザッと見てきたけど他に何も無いし、ヤツがいるとしたらこの中だろうな」 「……つーかオレ、嫌な予感がビシビシすんだけど」 ぽっかりと空いた穴の奥は闇。風の仕業なのか、中から低く呻くような音が響いていた。その不気味な音に、ユッカは身震いする。 「何がだよ?」 「なんつーの? 『コノヨナラザルモノ』って感じの気配?」 「あぁ、幽霊か」 「しーっしーっ! 言うなよ馬鹿! その存在を口にするだけで呪われるという言い伝えを知らないのかっ!?」 「知ってるも何もそんな言い伝え無いっての! ここまで来たんだから覚悟決めろって」 「わ、分かった、じゃあお前が先な!」 ユッカは準備していたカンテラを真顔で押し付けて、ラムディスの肩をポンと叩く。 昔からお化けの類を大の苦手としているユッカ。逆にそれらを信じていないラムディスの背中をぐいぐい押して盾にしようとするのを、呆れた眼差しで眺めた。 「……なっさけねーなァ……」 脱力して、ラムディスは先頭を歩き始める。 街のはずれにあって、神秘的な石柱に誘われる洞窟。この存在の意図するところといえば、黒魔術の集会所か、はたまた墓地か。 洞窟の壁にはランプらしきものが取り付けられていたが、そのどれもが壊れて使い物になりそうになかった。進むにつれ、奥から流れてくる風に不快な臭いが混じる。命を終えた有機生命体が、微生物の糧になる過程で放たれる腐臭のような。 (……いた) 前方の少し開けた小部屋のような空間に人の気配を見つけ、ラムディスは岩陰に隠れて合図を送る。ユッカもそれを受けて頷き、ラムディスの向かい側に身を潜めた。そのまま少し様子を窺う。 地面に敷かれた魔法陣は紫色に鈍く光っている。その中央に佇むローブ姿の長身の男。両腕を広げ、何か呪文を唱えているようだった。低い声が次第に大きくなるにつれ、呼応するように足元の光も強くなっていった。 (……闇魔法か? いや――) 多少は魔法の嗜みがあるラムディスにも感じたことのない波形の魔導力。紫の光が小部屋全体を明るく照らし、男が拳を頭上に掲げると。 ――ボコボコッ…… 突如魔法陣の周囲の土が盛り上がり、地面から生えるように人型の塊が出現した。 腕が無かったり、頭の半分が欠けていたりとシルエットが完全ではなく、全体的にドロッとしていて、圧倒的な腐敗臭を放っている――ゾンビだ。 「げっ」 思わずユッカが声を漏らす。ラムディスがそれを咎める間もなく、男が顔を向けた。 「ん? 昨夜から嗅ぎ回っていた子鼠か。……ちょうどいい」 男――ガッツェはローブを翻すように腕を振ると、ゾンビたちが一斉にこちらを振り向く。 「わしの子供たちの食欲を見るいい機会だ!」 「ちっ、冗談じゃねぇ! 誰が素直に喰われるかよ!」 反論と同時、ラムディスは両短剣を構えて臨戦態勢を取る。だが一拍遅れて長剣を抜いたユッカは、 「……こんな死者をボートクするようなことしたら、余計呪われるじゃんかよ~……」 悲痛な溜息と共に呟いた……完全な涙声で。