Task.1 遂行
4 戦闘開始。 う~あ~と呻きながら、ゆっくりとした速度でゾンビたちが迫ってくる。腐った筋肉の特性なのか、それ以上のスピードは出ないらしいのが救いだ。超速で走ってきたりしたらそれこそ全てをほっぽり出して全力で逃げ出す自信がユッカにはあった。 その数、五。今朝のごろつきの半分。――だが、数の問題ではないのだ。 「このやろっ!」 手近にいた個体をラムディスが斬りつける。鋼の刃は確実に心臓を抉り、ゾンビはその衝撃で地面に倒れこんだ。 「よっしゃ、次ッ!」 間髪入れず、別のゾンビに取りかかる。殴ろうと伸ばしてくる腕を斬り飛ばし、首を刎ねる。魔物だと理解しているからか、急所を狙うのに躊躇いは見られない。 半分ほど片づいただろうか。少し離れたところですっかりサボッていたユッカに声がかかる。 「おいコラユッカ、ボーッとしてんなよ!」 「いや……なんつーか、その、無駄かなーと」 「は?」 始め、ラムディスはユッカの言を理解できなかった様子で、不思議な視線を返してきた。それに対するユッカは返事をする代わりに、剣先で彼の足元を指し示してやる。ラムディスがそれに従って視線を移すと―― 「うぉわ!?」 思わず叫ぶラムディス。先ほど自身が斬り飛ばした腕が、彼の足首をガッシリ掴んでいたのだ。 それだけではない、倒したはずのゾンビたちがむっくりと起き上がる。無論、心臓を抉られ首をどこかに落としたまま。 「なんでぇッ!?」 ラムディスが半ば裏返った非難の声をあげるが、ユッカはゲッソリと半眼でラムディスに告げた。 「お前なぁ……コイツらゾンビなんだぜ? 一回死んでんだから急所狙ったって死ぬわけねーだろが」 「えぇ!? ずるいぞソレ!」 「しかも切り離した部分も余裕で動ける特別仕様……お前はその足首からジワジワと腐っていって、いずれ立派なゾンビのお仲間に――」 「あああアホなこと言ってんな!」 勢いをつけて足を振る。遠心力で吹っ飛んだ腕は、天井に当たってべちゃりと落ちた。足首に残った体液は別に服を溶かすでもなく痕跡を残しただけの様子に、ラムディスはひとまず安堵の息を吐く。 そんな間にも、ゾンビたちは不気味な声をあげ、じりじりと近づいてきた。 「……ただ単に攻撃するだけじゃ意味ねぇってことか?」 後退りしながら、ラムディスが問う。ユッカは頷き、 「昔読んだ絵本から仕入れた情報によるとだな」 「もうちっと信憑性のある出典にしてくれ」 「いーや、コレが案外馬鹿に出来ねーぞ。ゾンビってのは聖なる水と光に弱い。んで、ガッツェの野郎が呼び出したんなら、動かしてんのもガッツェだ。――つまり、オレの考えた作戦は」 ラムディスの喉がごくりと鳴る。もったいぶるように一拍置いて、ユッカは口を開いた。 「オレがガッツェの野郎を仕留めてくるから、お前はこのゾンビどもを何とかしてろ」 「うっ……なんかそれって俺が一方的に損してるような……」 「気のせい気のせい、適材適所ってヤツ?」 「そぉーかぁ~!?」 「お前なら何とか出来るって信じてる! そいじゃオレは奥行ってくっからあとよろしくな!」 「あっ! 待てコラてめぇ! 本音はゾンビが怖いだけなんだろ!?」 ラムディスの抗議の声を無視して、ユッカはゾンビの間を潜り抜け、ガッツェが消えていった洞窟の奥の方へ向かって駆け出した。 ガッツェを追ったユッカが辿り着いた所は、何もない広い部屋だった。 ただ、今までの岩が露出していた洞窟内と打って変わって全体が青白く光る石でできている。風雨に晒された外の柱とは違い、過去の威厳をそのまま保っていた。今まで見てきた滅びた遺跡からはまったく想像できない、美しい場所だった。 「こいつぁすげえや……」 感嘆の言葉が漏れる。――思いがけず、それに返事があった。 「美しかろう。わしの居城は」 声の方へ振り向くと、ガッツェが台座の前に佇んでいた。 「アンタだな、ガッツェ=スカルツってのは」 ユッカの鋭い視線を受け流すように、ローブを翻す。 「いかにも。さては貴様、研究院の追手か? 遠い国までご苦労なことだな」 「さて、どーだかね。答える義理もねーな」 軽い調子で、適当に言葉を返す。 「居城、っつったな。こんなトコ無断で住んだら『不法占拠』って言うんだぜ」 「ふははは、許可など要らんよ。ここは見捨てられた黒魔術ゆかりの土地なのだからな。――ここでわしは、王となった」 「王?」 訝しげに問いかけるユッカに、ガッツェは芝居がかった大仰な手ぶりで、低く笑った。 「可愛いゾンビたちを無数に呼び出し、かつての永遠の楽園を蘇らせるのだ!!」 「永遠の楽園ねぇ。死者は寝かせといてやれよ、可哀想に」 呆れ口調で呟きながら、一歩一歩ガッツェに近づく。 「未練を残した死ならば、蘇るのは嬉しかろう」 「傲慢だね。オレだったらもっぺん死にたいくらい屈辱。――だからさ」 ゆっくり抜いた剣を下段に構えて。 「他人を巻き込むハタ迷惑な夢は見んなって!!」 気合いと共に吐き出し、一気に間合いを詰める。斬り上げた銀色の軌道は、分厚いローブの端を切り離した。 「ぬうっ!?」 「おっ、けっこー俊敏に動けんだな、オッサン!」 逆にローブしか斬れなかったのはユッカにも予想外だった。ただの還暦前の魔法使い、と甘く見ていた部分もあったかもしれない。 気を引き締め直すと、さらに追撃を浴びせるべく地面を蹴る。背後から正面、翻弄するように舞い油断を誘って、剣を振り下ろす。 「ぐうっ……!」 ガッツェが低く呻いた。今度は刃に確かな手応え。ローブの奥の肉体を袈裟懸けに、鎖骨から脇腹まで確実に斬り裂いた。身体に染みついた習慣のように、返り血を極力避けるため横に飛び退いて――気づく。 (……あれ?) 予想していた赤色が、見えない。 スローモーションのように倒れゆく巨体。どさり……と重い音をたてて仰臥するまで、ユッカはじっと見つめていた。壮年の魔法使いの顔には驚きとも取れる形相が貼りついているが、その中に死への絶望は感じられない。 遺跡の洞窟に静寂が訪れる。だがそれは完全な無音ではない。風に乗って反響するのはゾンビの呻き声。頭に響く自らの心臓の鼓動が、少しずつ大きく、徐々に速さを増していた。 経験から、致死の一撃を与えた実感はあった。だが、剣を握る力は緩められず、横たわる身体から一瞬たりとも目を離せないのは何故なのか。冷たい汗が背中を伝うのを感じ、ユッカは半歩足を下げて身構え、苦笑する。 「……何だ? 普通じゃねーぞ、コレ……」 一方のラムディスは、ゾンビたちを相手に無益な戦闘を強いられていた。 「くそーッ! ユッカの奴、いっつも人に面倒な役ばっか押し付けやがってー!」 そう毒づいてはみるものの、ユッカがいなくなり、一人でゾンビの群れと戦うハメになったラムディスの体力は、もう既に限界に近づきつつあった。 何せ、斬り落としても二つに裂いても叩き潰しても関係なく、分かれた部分が独立してうぞうぞと動き始めるのである。数回繰り返して学習したラムディスは、こちらから攻撃するのをやめて防戦一方だった。ぜぇはぁと肩で荒い呼吸を繰り返す。 「どうにかしろって言われたって、死なないんじゃ手の打ちようがねぇし……聖水なんか持ち合わせて――ん? 待てよ……」 ふいに、ラムディスの脳裏にある案が浮かぶ。 (光に弱い、っつってたな) ユッカの作戦(と呼んでいいものか怪しいが)の説明で聞いた弱点を思い出す。 魔法でゾンビを呼び出して操る――これがガッツェが持ち出した禁呪、闇魔法に分類される中でも特殊で高度な『死霊召喚(ネクロマンシー)』だろう。闇に生きる者が光に弱いのは道理、それならば。 (聖なる光ってのじゃねぇけど、火だってある意味光だろ。……試してみるか) 半ばこじつけ理論で頷くと、手近にいたゾンビを蹴り倒し、群れから数メートル離れた場所に飛ぶ。振り返り、右手のグローブを外すと、両目を閉じて全神経を次の行動に集中させた。 頭の中で元素の構成をイメージする。魔導力が全身をくまなく巡り、それを受けた掌がジワジワと熱を帯びてくるのを感じながら、ラムディスはそのままゾンビたちに向けて右手を翳した。 (本当はコレ、疲れるからやりたくねぇんだけど……) 胸中でうめきつつも、意を決して力の限り叫ぶ。 「炎よ!!」 ラムディスの声が空間中にこだまする。 魔導力の放出。ゾンビの群れの中心で光が膨れ上がったかと思うと、凄まじい轟音を立てて火柱が立ち昇る。周囲の岩、地面、そしてゾンビを光と熱で焼き尽くしていった。 やがて炎が収まり、元の風景に戻っていく。 不気味な呻き声は聞こえない。そこにあるのはサラサラとした砂のようなゾンビたちの残骸だけだった。――さすがにこの状態からの復活はもうないだろう。 「はぁ……はぁ……ったく……適材適所とはよく言ったモンだぜ……」 額に大量の汗を浮かべ、ふらふらと地面に立ちながら呟く。 魔導力の制御は多大な精神力を必要とする。魔法として発現出来るか否かは生まれ持った才能だが、そこからどのように成長させていくかは個人の知識・努力によるところが大きい。ラムディスは今まで学ぶ機会に恵まれず、ほぼ独学で扱ってきたため、特に消耗が激しかった。 黒く煤焦げた岩壁に寄りかかるようにして一息つく。洞窟の奥から流れてくる冷気が、熱くなった身体に心地良かった。 (……――冷気?) ふと気づいて、ラムディスは奥を見た。暗闇の中で道が曲がっているようで状況は分からない。火が消えた後に周囲の気温が下がるのは当然だが、それにしては下がりすぎている気がする。少なくとも、入ってきた時はここまでの違和感は感じなかった。 脳裏を過ったのは、命令書のターゲット能力欄。そして、自分が倒すまでゾンビたちが動いていたという事実。 「アイツ……まだケリつけられてねぇってのか」 厳しい顔で溜息をひとつ。重い身体を奮い立たせて、ラムディスはユッカの向かった洞窟の奥へと走っていった。 「なっ……!?」 「! 動くな、ラムディス!!」 奥の小部屋に辿り着くなり、相棒の切羽詰まった声にラムディスは踏み込む足を留めた。 「おい……何がどうなってんだ」 目の前の光景を信じられぬ思いで、低く問いかける。 「……見りゃ分かるだろ。絶体絶命の大ピンチ、ってヤツだ」 口元は笑っているが、返る言葉にも余裕はない。 氷で覆われた青白い小部屋の中央で、ユッカとガッツェが対峙していた。――いや、ガッツェだったもの、と言うべきか。そう判断出来たのは、見覚えのある分厚いローブを着ているという事実のみ、そこから覗く顔や手足は醜く爛れ、溶け出しているように見えた。 ――まるで、今まで相手にしていたゾンビのような。 ユッカの周囲に、二十センチほどの氷柱(つらら)のようなものがいくつも浮いている。その尖った先は全てユッカに狙いを定めていて、既に何本かは彼の身体を斬り裂いたようだった。血が流れるのもお構いなしに、剣を構えて微動だにせず、白い息を吐いてガッツェを睨みつける。 「このオッサン、自分からゾンビに成り果てやがった。斬っても死なねーんじゃお手上げだ」 視線を逸らさずに、ラムディスに向けて簡単な状況説明。 「ただの死霊使い(ネクロマンサー)じゃなかったってワケか。禁呪の本命はそっちだな」 「あぁ。マジ悪趣味」 心底理解出来ない表情で首を振りながら唾棄するユッカに向かって、再び氷柱が襲いかかる。動体視力が捉えた数本を避け、剣で叩き落とすが、眉間を狙った氷柱を避け損ねて頭の横を掠め、 「くっ!」 カシャンと軽い音を立てて、ベルトを断ち切られたゴーグルが氷の床に落ちる。こめかみから溢れだした血液が頬を伝って服の首元へと染み込んでいった。 彼が大きく立ち回れないのは、右足を氷に縫い付けられているせいだ。油断でもしたのか、なまじ動きを封じられたために、今の劣勢状況を作り出してしまったらしい。 『はっはっはぁ、死ぬ前の一撃はぁ結構痛かったんだなぁ』 ドロドロと形容したくなるような幾分間延びした低い声が、氷の部屋に反響する。 「うわっ、喋れるのかよ」 『おぉっとぉ、そっちの小僧もぉ動くんじゃあないぞぉ』 渋面を作って呻いたラムディスに、ゆらぁりとした動きで警告する。腕や足を動かすたび、胸元の大きな傷から溢れる粘液がこすれてぐちぐちと嫌な音がした。 『可愛いぃゾンビたちを統べる王となるならぁ、自らもゾンビであるべきだろぉ。わしはぁここにゾンビの国を創るのだぁぁ。夢のようだろぉぉ』 「うん。悪夢だけどな」 ユッカが半眼でツッコミを入れる。 『お前たちもぉゾンビになってみれば分かるぞぉ。特別に迎え入れてやろうぅ』 聞き苦しい笑い声を周囲に響かせながら、両手を広げるガッツェ。 二人は視線を合わせ、思惑を確認するように頷いて。 「「やなこった!!」」 同時に叫び、ラムディスはガッツェの背後に向かって走り出す。空中の氷柱が向きを変え、標的を分散させた。少しでも多く引きつけるため、敢えてオーバーに動き回る。 その隙にユッカは戒めとなっていた足元の氷に剣を突き立てた。氷砕が散ると同時、冷え切った右足に血を巡らせるかの如く地面を蹴る。 『小僧どもがぁ、生意気なぁぁ』 融けた顔面に怒りの表情らしきものを浮かべて、ガッツェが魔導力を放出する。周囲の温度がさらに低くなり、氷の粒が凝縮して新たな氷柱になった。 「……っと!」 ラムディスは迫りくる氷柱を紙一重で避ける。躱しきれない分をユッカの長剣が叩き割った。 氷柱は砕かれるとすぐさま次の氷柱が生成される。魔導力の供給源を断たなければイタチごっこ。ガッツェの力の量が未知数な以上、こちらの体力が尽きるまでの我慢比べなどする気は毛頭ない。 「ラムディス! もう一発いけるか?」 自分を庇うような立ち位置に相棒の意図を理解し、頷く。 「……帰り道、よろしくな」 「おうっ、任せとけ!」 短い言葉で、お互いのやるべき仕事を確認する。ラムディスはその場で精神集中するべく目を閉じた。――防御面を全てユッカに預けて。 「おい、そこの出来損ないゾンビ! アンタの執念、このオレが叩っ斬ってやるぜ!!」 切っ先を向けてニヤリと笑みを浮かべるユッカ。その挑発は十分にガッツェをいきり立たせた。 『何をぅ!? ゾンビの良さもぉ分からないとはぁ、勿体ない人生だのぉぉ』 「サッサと人生終わらせたアンタには言われたかねーな!」 言うが早いか、ガッツェの周囲を一定の距離を保ちながら走り出す。 氷柱はその軌跡を追うようにして次々と地面へ激突し、砕かれていく。標的が全て自分に集中しているのを確認して、ユッカは内心でほくそ笑んだ。 (思った通り、動いてる標的しか狙ってこねえ。ゾンビになってノーミソも一緒に腐っちまったか?) 剣で時折払い落としながら、さらに円周運動。徐々にガッツェとの間隔を狭めていって――タイミングを見計らい、一気に懐へと飛び込んだ。 『ぬぉっ!?』 ガッツェが思わず仰け反る。ユッカは朽ちて輝きを失った瞳に自らの赤い色を映し込むと、そこに残像を置くように一瞬で眼前を抜け出した。 次の瞬間、ユッカを狙っていたはずの無数の氷柱が、ガッツェめがけて降り注ぐ。 身体中に氷の刃を突き立てて、何が起こったのか分からない様子で天を仰いだ、その視線の先に。 「ゴーグルの修理代、弁償してもらおうか!!」 剣を振りかざした男の姿。空中から肩口へ、全体重をかけて振り下ろす。 『ぐわあああぁぁぁ!!』 今度は最初のような表面だけの傷ではない。身体を縦に割るように、深く深く裂く刃。ゾンビは痛みを感じないというが、禁呪がそこまでカバーしてくれるのかは分からない。現に彼は、生きていた頃の条件反射のように悲鳴を上げていた。 魔導力が制御出来ず、氷柱の生成が止む。そして―― 「はあぁっ!!」 ユッカが飛び退くと同時、ラムディスの掌から渾身の魔法が放たれた。巻き上がった炎は瞬く間に腐った肉体を包みこみ、焦がしていく。 最早、彼が情熱を注ぎ、自らがなりたいとさえ望んだ不死身のゾンビではなくなっていた。断末魔の咆哮をあげ、その身は紅蓮に喰い荒らされていった。 熱によって周囲の氷が溶け、洞窟内で雨が降って、対象を燃やし尽くした残り火を消す。濡れた灰は部屋の中央に小さな山を作った。――それが、ガッツェがガッツエとして存在した痕跡の全てだった。 「……っと、危ね」 ぐらぁ……と傾いだ相棒の身体を、ユッカは咄嗟に支える。魔導力と精神力を使い果たしたラムディスは既に気を失っていた。 「お疲れさん、ラムディス」 もう聞こえていないであろう今回の立役者に、そっと労いの言葉をかける。 実際、ラムディスの力がなければこの局面は打開出来なかったのだ。そもそもの命令書に禁書のジャンルくらい書いておいてくれればここまで苦労しなかったのに、とは言わないでおく。書けない事情など知る由もないのだから。 ラムディスを担いでゴーグルを拾い上げ、ザックリ切れたベルトを見て軽い溜息。立ち去る前に辺りを見回して、ふと、台座の上にある物に気づく。 (本……? あれが禁書か?) 広げて置いてあった本はまだぼんやりと光っていて、使用された形跡がある。ガッツェが持ち込んだものに違いなかった。手に取ろうと近づいた瞬間。 ――ゴゴゴゴゴ…… 補強工事などされていない古代の遺跡の内部で、氷漬けにしたり、溶かして水浸しにしたり、爆発を起こしたりしたらどうなるか、考えれば分かりそうなものだった。 天井、壁、床――周囲の全てが小刻みに揺れ始める。それはだんだん大きくなり、少しずつ崩壊へと繋がっていった。 「おい、嘘だろ……!? 冗談じゃねーぞ生き埋めなんて!!」 悲鳴じみた声を上げて、ユッカは出口に向かって走り出す。 しかし、乾き切っていない傷からの出血に加えて人ひとりを背負っている身、思うようなスピードが出ない。そうこうしている間にさらに地響きは高まり、天井から落ちてくる塊の量が増えていく。 そんなに奥まで来た覚えはないのに、出口までがいやに遠く感じる。最初にゾンビと交戦した小部屋まで戻ってきて、ようやく外の光が見えた。――が。 ――ガラガラガラ……!! 魔法による損傷が一番激しいこの場所で、ついに洞窟は山の重みに耐えることが出来なくなる。 「うおおおぉぉぉ!?」 走るユッカの叫び声は、激しい崩落の音にかき消された。