Task.2 黒猫
6 「お前さんが持っている資料は『希少保護種』の一ページだ。その種族の名を、『ジェムレイン・ルーマン』という」 いつの間にか握り締めていた書類のシワを丁寧に伸ばして、ザッと目を通す。 聞いたことはあった。保護対象の動植物は発見次第速やかに国家公安に連絡するよう通達されている。定期的に街の掲示板に張り出され、国民に情報提供を呼びかけているのだ。もちろん、密猟などは公になれば厳罰だ。 「姿形は人間とほとんど変わらんが、彼らには特殊な能力がある。掌から、玉(ぎょく)を生み出すことが出来るのだ。その玉が雨露のように美しいことから、この名前がついたと言われておる。ルーマンは『人』という意味だな」 玉は十五~二十分程度で儚く崩れ去ってしまう。それを知らぬ者に宝石と偽って売りつけるため、欲深き人間たちに捕らわれ奴隷同然の生活を強いられた、とある。ヒドイな、と呟いて、ラムディスは眉間に皺を寄せた。 ギルドマスターは、資料の下の方を指差して続ける。 「そして、そやつらと共生関係にあった動物がおる。それが『フォルゴン』だ。フォルゴンは鉱石しか食べん。特にジェムレインの出す玉は栄養価が高く、主食にしていたようだ」 同じ希少保護種に指定されている、もう一つの種族の絵。体は大きく、身近なところで言えば長い鼻の無い象に似ている。大きなキバと頭の中央の一つ目が特徴だ。 「フォルゴンはジェムレインの生活を助け、ジェムレインはフォルゴンの生きる糧を与える。そうしてお互い平和に暮らしていたが――古代魔法戦争の勃発によって、それが一変する」 「戦争……」 ラムディスはその言葉を苦々しい思いで反芻した。故郷を追われた悪夢が蘇り、どうしても好きになれる単語ではない。 「フォルゴンは荷物の運搬や、堅い皮膚を利用して防具を作るのに大いに利用された。操るジェムレインも然りだ。その時、美しい玉を出す能力が人々の知るところとなり、戦争が終わってからも長らく追われる身となった」 自らの欲望を満たすためなら、他者への脅威となることも厭わない。そんな醜い人間たちの姿に吐き気がする。だが、潔癖でありたいと願う反面、自分もその人間であることには変わりないのだ。せめて欲に溺れることのないよう、ラムディスは自制を誓う。 「しかし、巨体は目立つ。フォルゴンのいるところにジェムレインあり、とも言われておってな。ジェムレインを捕らえたら、用のないフォルゴンは殺されるだけ。お互いの種の保存のために、彼らは別々の道を歩むことにしたのだ。ひっそりとな」 「……それしか、なかったんだな」 「うむ。ジェムレインはか弱く、頼れるものを失った。フォルゴンは玉を食べられなくなり……長い年月を経て、二つの種族は数を減らしていった。そしてついに希少保護種に指定された」 人間が原因で数が減少していったのに、その人間が保護を呼びかけるとは何とも皮肉な話だ。 さてここからが重要なファクトだ、と前置きして、ギルドマスターは話を続ける。 「数年前、ギルドで一人の少年を保護した。はぐれてしまったのか事情は知らんが、かなり弱っておってな。手を尽くして一命は取り留めたが、このままギルドで育てるわけにもいかん。保護の名目で国の施設に隔離されるより、普通の子供としての幸せな生活を与えてやりたいと願っていた。そこで、一般人に託すことにした」 「! ……まさか」 ラムディスの確信を込めた問いかけに、真摯な眼差しを返すギルドマスター。肯定するように深く頷いて。 「そう。ダグラムに一軒しかない、あの雑貨屋だ」 「……それが、フィン……!」 「うむ。その子がジェムレインであることは主人には伝えてある。犯罪の肩棒を担がせてしまうことになるが、それを承知で引き受けてくれた……懐の大きい男よ。裏の世界とは無縁だのに、少し申し訳なく思う。――時折連絡をくれるのだ。元気でやっておると」 雑貨屋の主人――エカトリーチェの父親だ。数年前に孤児たちを引き受けたと言っていたから、時期も重なる。同年代の友達が出来るようにとの配慮だろうか。ラムディスは、自分とエカトリーチェの意外な接点に少し不思議な気分になった。 「そして」 ギルドマスターはさらに眼光を鋭くする。 「最近届いた依頼だ。『飼っているペットが凶暴化し、負傷者が出ているので対処してほしい』――この内容で、イリーガル・ハンター・ギルドに依頼する意味。……話の流れから、分かるな?」 ラムディスは神妙に頷いた。 「……フォルゴン、だな」 「その通り」 単なるペットの処分であれば、その家で勝手にすれば済む話である。それをわざわざイリーガル・ハンターに依頼したということは、後ろめたい事情があるからに他ならない。 頭の中でバラバラだったパーツが一つに繋がる。ラムディスはそれらを整理するように話し始めた。 「相手がフォルゴンなら、まず対応すべきはジェムレインだ。黒猫怪盗団はフィンに接触して、まず玉を出せるかをその場で確認する。で、何とか上手いこと言いくるめてフィンに窓の鍵を開けさせ、夜中のうちに連れ出す。フィンが出した玉を食べさせて、フォルゴンが大人しくなればそれで解決、だ。――黒猫怪盗団に敢えて仕事を回したのも、ジーサンの仕業だろう?」 ギルドマスターに指を突きつけながら、ニヤリと笑う。 「いくら黒猫怪盗団だって、ジェムレインがこの街にいること、教えてもらわなきゃ誘拐なんてそもそも考えねぇもんなぁ?」 「ふぉふぉふぉ。誘拐しろとは言うておらんよ。いるらしい、とは言うたがの」 「どう取り繕ったって同じだぜ、ジーサン。雑貨屋の親父さんにギルドがフィンを預けてる以上、誘拐することを事前に知らせたりしたら、黒猫がイリーガル・ハンターだって親父さんにバレちまうからな。そのたった一言で、一つの希望を叶えさせ、三者の秘密を守った。さすがだね」 一つの希望とは、長年離れ離れだった二つの種族を引き合わせてやりたいという、ギルドマスターの憐れみ。 黒猫はギルドが雑貨屋主人にジェムレインを託したことを知らない。ギルドは、敢えて黒猫に誘拐という手段を選ばせることで黒猫と無関係を装う。黒猫は、主人を被害者に仕立てて『ジェムレインの違法な保護』という彼の罪を隠匿する。主人は、ギルドに訊いて黒猫の所業を国に通報せぬよう指示を受けたのだ。 「そこまで考えてはおらなんだがのぅ」 おどけてみせるギルドマスターに、嘘つけ、と笑いながらラムディスは続ける。 「あのカードの内容……あれはフィンがジェムレインであることを知ってる人間にしか真意が分からねぇ書き方だ。万が一通報されたとしても、昨今話題の黒猫怪盗団なら別の事件を起こしてカモフラージュ出来る。適任だな」 「うむ。そして、それが全てだ」 「――全て?」 引っかかる物言いに、ラムディスは問い返した。 「言い換えると、お前さんの説明通りの部分でしか、こちらとしては対応出来ん……ということだな」 ギルドマスターは手元の資料をめくりながら、腑に落ちない顔のラムディスに向けて補足する。 「今の説明からは、『仮定』が抜け落ちておる。不測の事態が起きた場合、ギルドとしては判断を現場に委ねるのだ」 ラムディスはハッとした。現場、この場合は任務を請け負っている黒猫怪盗団だ。彼らが緊急時にどのような判断をするかが分からない以上、フォルゴンはおろか、フィンが無事にエカトリーチェの元へ帰ってくる保証もない。――最悪の事態を避けるために、何としても接触しなければならない。 「ジーサン! 黒猫から任務遂行時間、聞いてるか!」 「あやつらの活動予定時間は夜中、日付が変わってからだのぅ。少し急いだ方が良いかもしれん。場所は、ここだ」 ギルドマスターは、ラムディスが持っている書類の二枚目、地図の一部分を差し示した。 「時間が時間だ、もうアジトにはおらんだろうな」 「……あと二十五分……!」 ギルドの壁掛け時計を睨み、ラムディスは焦燥する。目的地はダグラムの高級住宅地、ここからでは街の反対側だ。ラムディスはその場でジャンプして身体を温めながら、走る準備を整える。 「最後に確認しとく。この話をしてくれたってことは、俺が何らかのアクション起こしてもお咎めナシってことでいいんだよな?」 「そうなるのぅ、むしろそれを望んでおるかな。必要なものは用意する。――出来れば、共に救ってやってほしい」 「分かってる。……行ってくるぜ!」 緑のマントを翻すと、ラムディスは闇夜の街へと駆け出していった。 * * * ありえない、と思った。 隣で息を飲む音がしたので、一歩下がるよう無言で指示する。ローブで隠れて顔は見えないが、きっと動揺しているに違いない。 「聞こえなかったんざぁましょうか?」 耳に付く喋り方で眉を吊り上げる目の前の婦人に、いえ、と短く返答する。実際、聞こえてはいた。理解し難かっただけで。 「そこの小童(こわっぱ)が世話をすることによって元の可愛いミミちゃんに戻ったなら、その時は小童も一緒に飼いたい、と申しておりますのよ」 聞こえていたというのに、わざわざご丁寧に繰り返してきた。どうやら念押しのつもりらしい。 もちろん依頼主の頼みを無下にするわけにはいかない。それが契約外の内容ならば、ギルドを介して追加金をいただくまでだ。だが―― 「こちらはあくまで『可能性がある』、というご提案です。必ず大人しくなるという保証はありませんが、それでもよろしいですか」 婦人は希望通りの答えが返ってこなかったことがご不満らしい。あからさまに鼻の穴から大きく息を吐き出して、 「……んまぁ、その時は仕方ありませんわね。可哀相なミミちゃん、ワタクシの顔も忘れたままひとりぼっちで殺されてしまうなんて」 よよよ、と、ド派手なハンカチーフを目頭に当てて泣き真似(涙は見えなかった、濃い化粧のせいかもしれないが)をした。誰のせいでこうなったと思ってる、と気づかれないように毒づきながら、再び隣の小さな影に目を落とす。 本人の同意があったとはいえ、平和に暮らしていた家から連れ出してから丸一日近くが経過している。終わったら帰れると思っていたところに押しつけられた傲慢は、小さな胸には苦しかろう。 「では、準備に入ります。基本規約により依頼人の立ち会いは不可ですので、奥さまはどうぞお休みください」 敢えてはっきりと答えないまま恭しく礼をして、邸宅を辞する。 「前金で支払っているんですから、さぞかし良い働きをしてくださるんざましょうねぇ」 玄関の大きな扉が閉まる直前、突き刺さるような嫌味が聞こえた。完全に閉まってから、今度は遠慮なく舌打ちする。 「心の醜い人間に金を持たせるとコレだから困る……」 鼻先まで覆っていたフードが鬱陶しくなって、苛立ちと共に乱暴に外した。 「あの……」 小さな声に振り向くと、同じく長いローブから顔を出した金髪の少年が、不安そうな面持ちでこちらを見つめていた。無理もない、大人の会話の内容を理解出来るほどには、この子は大きい。 「大丈夫だ」 安心させるように、頭をポンポンと叩いて。 「ボクたちが誘拐犯でも、あの人にキミを売り渡すほど落ちぶれちゃいない。きっと帰してあげるから。――まだ時間がある、少し温かいものでも飲みに行こうか」 その言葉に少年は瞳を潤ませて、うん、と小さく頷いた。 休憩を挟んで、再び少年と共にゴーダ邸へ舞い戻った。甘いココアは彼の緊張を心なしかほぐしてくれたらしい。 改めて、現場の見取り図を眺める。 目的の場所はこの豪奢な屋敷の地下。浮力を生み出す鉱石の力を利用して作られた昇降機で移動する。鉱石だけでもかなり高価なものだ。ペットを飼うためだけにわざわざ作らせたというから、つくづく金をかけるポイントが違うな、と呆れる。 行こう、と少年を促して、屋敷の裏手に回る。警備を今だけ解いてもらっているので、入口で仲間二人と落ち合う手筈だった――のだが。 「よぉ、遅かったじゃねーか」 「……!?」 反射的に少年を背に庇って身構える。 集合場所にいたのは一人。しかも、男。帯剣しているところを見ると、ただの一般住民ではなさそうだ。まるでここに自分たちが来るのが分かっていたような素振りで話しかけてきた。 「先に入ってようと思ったんだけど、コレの動かし方よく分かんなくてよー」 「……何者だ、貴様」 顔を見られてしまったことは不覚だった。返答次第では消すこともやむなしと覚悟して、低く、問う。 「ははっ、んな警戒しなくてもいーって」 反対に男はどこまでも明るい。闇夜にも分かる赤い髪と同じ色の、溌剌とした雰囲気を抱く瞳のせいかもしれない。これでは傍から見たらどちらが不審者なのか分からない。 「ワケあって、お仲間さん来られなくなっちまったからさ。代わりにオレを連れてけよ――っとと!」 咄嗟に腿からナイフを抜いて男の脇腹に斬り込むが、鞘から半身出た刃で受け止められた。剣が飾りではないことを証明して、男が笑う。 「あっぶねーな……ガキが見てるぜ?」 耳元で囁かれ、思わず背筋が粟立った。視界の端で、少年が突如始まった剣戟に身を竦めているのを捉えて、渋々ナイフを持つ手を引く。 「今の、どういう意味だ。ボクの仲間は何故来ない」 再び問いかける。ただ、マトモな返事は期待出来そうもない。それが、出会ってから今までの男の印象だった。 「さすがにすぐには信用しちゃくれねーか。ま、黒猫さんのリーダーなら、それくらいの緊張感持ってて当然だわな」 案の定返ってきたのは軽い言葉。――だが、質問と無関係なはずのその答えは聞き捨てならなかった。 「……何故、知ってる……」 「イリーガルだからさ」 「!!」 ――同業者か。道理で。 大きく溜息をついて戦闘態勢を解き、そのまま額に手を当てる。ギルドのセキュリティは一体どうなっているのだ。 「アンタらの任務が終わったらちょっとそのコに用があるんでね、オレも同行させてほしい」 指を差された少年が再び身体を固くする。先程のゴーダ婦人の発言と重ねて、身の危険を感じたようだ。庇うように尋ねる。 「分かってるんだろうね、この子の素性を」 だが、男はまたも軽く笑い飛ばした。 「心配すんな、逆に興味がねぇ。無事に家に帰ってくれさえすれば、オレは満足なんだ」 「……そうか」 意図は不明だが、目的は重なっているようだと判断し、了承の意を伝える。男は満足そうに微笑んで、 「よっし、じゃあ早速行こうぜ。『銭(ぜに)は急げ』だ!」 「銭じゃない、善」 という自分の突っ込みを無視し、額のゴーグルを外して入口のノブに引っ掛けた。共に奥の大きな籠に入って、起動するための装置を横から覗き込みながら、男が呟く。 「あぁ、そうそう。さっきの答えだけどな」 やっと話す気になったか、と思いながら操作を進める。鉱石が輝き始めて、エネルギーが高まっていく。部屋の中が徐々に明るくなり、三人の影が濃くなった。 「例えるなら『蜘蛛に捕らわれた蝶』、ってトコか」 「……はぁ」 ――結局意味が分からないまま、起動ボタンに手をかけた。 * * * 辿り着いた時には、もう既に日付が変わっていた。住民が寝静まって人気(ひとけ)のない住宅街。ダグラムの中でも裕福な者しか住居を構えることが出来ないこの一帯は、ギルドのある区域とは逆の意味で一般人には縁のない場所だ。 中でも一際目立つ建物を確認して、ラムディスは路地に身を潜めた。脚力に自信はあれど、さすがに全速力で走ってきたため、膝に両手をついて息を整える。 アームウォーマーで軽く汗を拭って、荷物からゴーダ邸の見取り図を取り出した。現在地との位置関係を確認し、目的の場所を推測する。 正門には門番がいる。夜間の警備は常識なのだろうが、極秘の依頼をしたことすら悟られたくない依頼人にとって、深夜の不審な来客に気づかれる可能性のある正面からの出迎えはしないはずだ。ましてや、問題のペットを庭で飼っているなどというなら笑い話でしかない。 (怪しいとしたらココ、だよな……) 見取り図の上部、実際の裏口にあたる部分をトントンと指で叩く。規模相応の大きな勝手口とは別に、後で増設されたと思われるでっぱりと不自然な扉が描かれていた。 ラムディスは辺りを窺って、門番の死角から素早く屋敷の裏手へと回り込む。 建物の影になって光源が無いに等しい裏側、職業柄(?)闇の中を移動するのは得意だ。目もいい。目的の扉のノブに何かが引っ掛かっているのを見つけて、周囲に人がいないことを確認し、近づく。 「! ……アイツ、この中にいるのか」 相棒がいつも身につけているゴーグルだった。彼がここに来た――それは少なくとも、面倒だからという理由でフィンを見捨てるつもりがないことを示していた。今まで自分を暗に誘導してきたのも彼なのだ。 (アイツの手の内で踊らされてた感がひしひしとするが……まぁ、ここは敢えて乗せられてやるか) 決意の色を瞳に浮かべて、ラムディスは口の端を上げる。何より、嬉しかったのだ。彼は彼のままだった、そんな当たり前のことが。 ゴーグルを外して腕にかけると、扉の中へ身体を滑り込ませる。風除室のようになっていて、二枚目の扉の隙間から淡く光が漏れ出していた。 (……話し声) 扉に張り付いて耳を澄ます。合間に聞き慣れた声。相手は黒猫怪盗団だろうか、事を構えている雰囲気ではないのを確認し、意を決して扉を開けた。 「げ」 中の人間が一斉に振り向く。一文字だけ発した張本人の姿を視界に捉えて、ラムディスは呆れたように半眼になった。 「お前なぁ……何が『げ』なんだよ」 「い、いや、まさかお前も来るとはな~なんて?」 明らかに目が泳いでいる赤髪の男に歩み寄り、壁際まで追い詰める。しばらく睨みつけた後、ラムディスはニヤッと笑ってみせた。 「いいかユッカ、お前の考えてることなんてお見通しだ。俺は俺の意志でここに来た。ヒントは感謝してるが、恩に着せようなんて考えるんじゃねぇぞ」 「!」 それを聞いたユッカは驚きの表情を浮かべる。てっきりまた怒られると思っていたのだろう。安堵したのか、頭の後ろで手を組んで大きく息を吐いた。 「……ちぇっ、なんだよー。せっかくオレ様が華麗な救出劇を披露して、お膳立てしてやろーと思ってたのに」 口では文句を言っているが、その顔に不満の色はない。彼はラムディスが来ると分かっていたのだ。でなければ、目印を残しておく理由がない。 「へっ、お前ばっかりカッコつけさせてたまるかっての」 ゴーグルを持ち主の胸元に押しつけて、二人はまるで悪知恵を思いついた子供のように笑い合う。お互いの思惑はどうあれ、行きつく先は同じだったのだ。 ――その時、すぐ近くから溜息が聞こえた。 「……ボクたちが極悪誘拐犯みたいな言い方するの、やめてくれる?」 振り返ると、いくつかボタンのついた台の前で不満げに眉根を寄せている人物がこちらを見ていた。ダークレッドの短髪と同じ色の瞳、身に纏うローブのせいで体型は分からないが、男にしては小柄だ。 「別に間違ってないじゃん」 口を尖らせて反論するユッカ。――だが本当にそうだろうかと、ラムディスは思う。確かにフィンを利用するという判断を下した彼らに非がないとは言い切れないが、ギルドマスターの思惑に乗せられただけと考えると同情の余地もある。 ラムディスは分かりやすく咳払いしてその場を収めると、どちらを否定するでもなく話題を転換した。 「悪い。この案件、俺も混ぜてくれるか。保護者から頼まれてるんでね」 言いながら、籠部屋の隅で大人たちを眺めていた少年に目線の高さを合わせ、小さな肩に手を当てて微笑む。 「フィン。お兄ちゃんはリチェの……その、お友達なんだ。リチェと約束してきた。一緒に家に帰ろうな」 エカトリーチェの名前を聞いて、目を大きく見開くフィン。その瞳にはみるみるうちに涙が溢れ、やがて声をあげて泣き出した。今まで見知らぬ大人に囲まれて不安で仕方なかったのだ。身を寄せてきたのをラムディスは優しく受け止めると、安心させるように背中をさすってやった。 「……やれやれ。子供の扱いはボクより上手いみたいだね。任せていいか」 「もちろん。……俺はラムディス、コイツはユッカだ。よろしくな」 部屋に入った時のやりとりでユッカとの関係性は掴めたのだろう、黒猫は特に不審な目を向けることなく頷くと、手元のボタンを躊躇いなく押した。 「ボクはジニア。コードネームで悪いけど」