Task.1 遂行
8 すったもんだの後、ようやく無事に報酬を手にした二人はギルドを後にして昼間でも薄暗い路地に出る。ユッカは未だに頭をさすりながらブツブツと文句を言っていた。 「あんなに強く殴らなくたっていいじゃねーかよー。脳細胞ブッ壊れるっての」 ラムディスは顔を見もせず、笑いながら返事をする。 「はは、ただでさえ馬鹿なのがもっと馬鹿になっちゃうなー」 「……あ、ひでぇ」 ユッカはしばらくブスッとしていたが、ラムディスが鞄から先ほど受け取った報酬入りの封筒を取り出すのを見て目を輝かせた。通行人が周囲にいないことを確認して、堂々と数え始める。 「おっし、ピッタシ十万ガルズだ」 満足そうな笑みを浮かべ、ラムディスがユッカに告げた。 「おぉぉ、こんな大金久しぶりに見たぜ……! これだけあったら、宿代支払ってもまだまだ余りそうだな!」 「……いや」 ふと、真顔になって考え込むラムディス。 「ん? 何だよ?」 「お前が踏み倒した酒代と、近所の道具屋のツケと、食費と、もろもろ雑費……あとは、あの子へのお礼はあんなはした金じゃ足りないだろうし――ああ、俺もそういやお前に金貸してたよな」 指折り数えながら項目を羅列するラムディスに、ユッカがジト目で問い掛ける。 「……何が言いてーの?」 「宿代と共通の出費はこの十万ガルズから払って、残りを二等分して、そこからお前、自分の借金返せよな」 「えー!? そんなコトしたら、オレの小遣い無くなっちまうじゃねーか!!」 「無くなるほど使ってたのかよ!? 自業自得だろ。ま、俺ローンで良ければ今度は利子付きで貸すけど?」 「うぅぅ……」 ユッカの訴えを皮肉な笑みでさらりとかわすと、ラムディスは金を再び鞄にしまい込み、歩き始めた。泣きついても無駄だと感じ取ったユッカも、しぶしぶ後をついていく。 「これからどーするよ。一旦帰るんか?」 頭の後ろで腕を組みながら、ユッカが尋ねる。 「そうだなぁ。大金持ち歩いてるのはさすがに心臓に悪いし。宿代の支払いだけでも先にやっとくか」 「盗賊(シーフ)が逆に盗まれたとあっちゃ、コトだもんなぁ」 「バーカ、そんなヘマしねぇよ」 言いながら、ぎゅっと荷物を抱え込むラムディス。 「大体、俺は人サマの金を盗ったりはしねぇの。そのへんの悪党と一緒にしないでほしいね」 「……確かにお前が盗むトコは見たことねーけど、逆に何で盗賊やってんだ」 半眼の視線を無視しつつ、ラムディスは家路を進む。 家――といっても住居を構えているわけではない。ダグラムを拠点に活動するようになってからいつも利用している宿屋がある。連泊も度が過ぎるので、ほぼ住んでいるも同然ではあるのだが。 大通りの新鮮野菜の売り込みに少し心を奪われながら、外れの煉瓦道を上ると目的の宿が見えてきた。『ひだまり亭』。だいぶ昔からこの地にあるようで、全体的な老朽感は拭えない。だが、中に入ってみると手入れの行き届いた清潔なロビーに、初めて訪れる者は驚くのだった。 木製の扉を開けると、見慣れた顔が彼らを出迎えた。ひだまり亭の経営者であり、二人の父親のような存在でもある五十代半ばの巨漢、ベイルだ。 「オヤジ、今帰ったぜ!」 まるで主人のような態度で入っていくユッカ。慣れた様子でカウンターの奥に掛かっているルームキーを手に取る。 ベイルはさして驚いた様子もなく、彼らの姿を認めると、ニッと口の端を上げ、その体格に比例するような大音量で返事をした。 「おうおかえり! 今回の任務は割と早かったじゃねぇか坊主ども! 何事もうまくいったか!」 「オイオイ、『坊主』はやめてくれっていつも言ってんじゃん。もうオレらだって子供じゃねーんだからさ」 上着を脱ぎながらユッカが不平の声を上げる。ラムディスもマントを外しつつ、疲れたような声色で続けた。 「そうだぞオッサン。それに、俺たち一応秘密裏でこの仕事してるんだから、あんまでかい声でそういうことを叫ばないでくれよ」 「おっ……と、すまんすまん」 ベイルはごつい両手で自分の口を塞ぎ、辺りを見回す。 煉瓦造りの小さな建物。そのロビーには、ラムディス、ユッカ、ベイルの三人しかいない。元々あまり客足が多いとは言えない宿屋だったが、外が明るいこの時間、まだ誰も客は来ていないようだった。 再びベイルが口を開く。 「まァ何にしろ、お前さん方も疲れてるだろうし、今日はゆっくり休むこった! もう部屋入るんだろ?」 「んー。実は今日、だいぶゆっくり寝てたからあんまり眠くないんだよねー。一旦荷物置きに来ただけだし。――ラムディス、オレが部屋まで運んどくから、精算済ませといてくれよ」 「あいよ。オッサン、計算よろしく」 食堂を兼ねているロビーのカウンター席に着いて、報酬金入りの袋を取り出すラムディスに、おっ、と目を見開くベイル。 「随分羽振りがいいじゃねぇか。こりゃ一括いけるか?」 「まぁね。遠慮するなって」 宿泊費をツケにしていただいている側が言うセリフではないことを自覚した上で、おどけるように札束を振る。 待ってろよ、と言い置いてベイルが事務室へ姿を消す。ユッカも二階の部屋の扉を閉めたところらしく、ラムディスはこの空間で一人になった。 今回の仕事は、準備期間も含めて一週間かかった。その間ここに帰ってくることがなかったせいか、妙に懐かしく感じる。野宿が多かったから尚更だ。また今夜から慣れたベッドで眠ることが出来ると思うとホッとする。 イリーガル・ハンターは不安定な職業だ。今回はたまたま条件が合ったから高額報酬の仕事を引き受けたが、基本的にローリスクの仕事ばかり選んでいるため常に自転車操業だ。ベイルの好意に甘えているところが多分にあるからこそこうして宿を拠点として使っていられるが、本来なら浮浪者同様の暮らしをしていてもおかしくない。 (本当は、こんな仕事辞めたいくせに) 目の前の札束はその辞めたい仕事で得たものだ。その事実を認識するたび、虚無感に包まれる。そして手元にまとまった金があればあるだけ、ユッカの浪費の毒牙から守るという新たな任務が発生するのだ。 頬杖をついて、溜息。そこに、台帳を持ったベイルが戻ってくる。 「どうした、シケたツラして」 「いや、別に。俺たちはこの借金地獄からいつ抜け出せんのかなーと思ってさ」 カウンターに突っ伏して泣き真似をするラムディスに向けて、ベイルが豪快な笑い声を飛ばす。 提示された金額分、札束を数えながら聞いてみる。 「オッサンはこの宿一人で切り盛りしてるけど、従業員とか雇わねぇの?」 「そうさなぁ……考えてねぇな。俺がもうろくした時ゃ、この宿も閉め時ってことだ」 「なんだよ、俺とか雇ってくれりゃいいのに」 「何言ってやがる、若いモンにこんなオンボロ宿屋を継がせるワケにゃいかねぇよ。それになんたって、お前たちは上客だしな」 「ツケにしまくってんのに?」 「今こうして払ってくれてんじゃねぇか。心配すんな、いつまででも待っててやるからよ」 二人の事情を知って尚、そう言ってくれるベイルの懐の大きさに、頭が下がる思いがした。と同時に、安定した就職口の夢がひとつ潰えてちょっぴり残念な気持ちになる。 「……ま、俺は俺に出来るコトをやってくしかねぇか」 呟き、トントンと札束を揃える。 「そうそう。若ぇうちはいっぱい悩めよ」 ベイルは、受け取った金を手際良く数えて、簡素な領収書にサインをした。 「おーし、確かに受け取った。今夜のメシはどうする?」 「ん、外で食ってくる。……行きたいトコもあるし」 領収書と残金を鞄に突っ込み、俯き加減でラムディスが小さく付け加えた一言に、意味深な笑みを浮かべるベイル。特にそれについて何かコメントするでもなく、軽く頷く。 「じゃあ風呂の準備だけしといてやろう。――おっと、ユッカも来たようだな」 階段を元気よく降りてくる音と共に、ユッカが姿を現した。 「終わった? そろそろ行こうぜー。オレ、ゴーグル直したいんだよね」 ベルトが断ち切れた愛用のゴーグルをブラブラさせながら、サッサと玄関へ向かう。やれやれと苦笑して、ラムディスも椅子から降りた。 「オッサン、サンキュな。行ってくる」 「おう! 早めに帰ってこいよ坊主ども!」 結局ユッカの訂正は生かされなかったが、これも日常の一部だ。ベイルに見送られて、二人は再び街へと繰り出していくのだった――