幕間 側近の憂鬱
朝。ムジーク城下街のはずれ、橋のたもとで起きた住人同士の喧嘩を収めるため、双子の兄で騎士団長のシャープが王宮を発った。 フラットは国王の側近として世話を終えた後、兄を追って護衛を伴い馬車に乗り込む。 場所は、スラムと一般居住区を隔てる川のほとりだという。 それを聞いた時、フラットは胸騒ぎを覚えた。 真しやかに囁かれる、スラムの良くない噂。 それが噂の域を出る前に、長兄である国王トーンの耳に入れることは避けたかった。 年に一度の国を挙げた祭事が近いこの時期、トーンに余計な心労をかけさせたくはない。折角詰め込んだ、国王の特別な『誓言』が頭から抜け落ちられても困る。 馬車に揺られながら、窓の外に視線を移す。 こうして目に映る景色の中のムジーク王国は平和だ。 それは紛れもない事実として、国民のみならず外国から訪れる旅人の口の端にも上る。 騎士団を有して国境警備をしているものの、実際その力を振るうことは滅多にない。 腕を鈍らせないために、他国の武人を招待して演習したりもしている。反面、こちらから他国の演習に出向くことはない。 「シャープは心配性ですからねぇ……」 双子の兄の性分を知っているフラットは小さく苦笑した。 シャープは王を護る騎士として、トーンのそばを長く離れることはしたくないのだ。 粗暴で戦うことが好きなくせに子供っぽい理由で演習招待を断っていることについて、フラットが他国へ頭を下げながらも責める気になれないのは、その気持ちに共感する部分があるからだ。 「……陛下がもう少し、他の騎士に護られることを当然と思ってくれればいいんですけど」 フラットの独り言に、護衛の騎士がうんうんと頷いた。 貴方も分かりますか、と困ったように笑ってみせる。 トーンは、自分の身を軽んじるきらいがある。 もちろん国の最重要人物という自覚は持っているはずだが、護衛をたくさん連れて歩くというのがどうも申し訳なくてソワソワしてしまうらしい。散策中、護衛の任を勝手に解いてしまったこともある。 そんなことができるのもまた、国が平和であるということの証左なのだが。 だからこそ、足元でくすぶる煙の正体を確かめておきたかった。スラム絡みで何か起きたら、ますますシャープの兄離れが遠のいてしまう。 「さてと、それじゃ収拾つけてきますか」 フラットは馬車を降りる。 鎮静化しつつある雑踏の中心地、腕を組んで仁王立ちしている兄の元へと、足を一歩踏み出した。