第4話 国王と十色の精霊
3 私室を出てしばらく一人で歩く。 やがて近衛詰所に差し掛かると、近衛騎士が一人、無言で一礼して影のように付き従った。 普段俺が出歩く時はシャープかフラットが付いているから、どちらもいないとこうなる。 国王である俺が護られるのはある意味当然であるし、近衛が職務を果たしてくれることには感謝すべきなのだが、どうにも落ち着かない。 極力周囲に兵を置きたくないのは俺の性分なのだろうと思う。護られ慣れていないと言うべきか。 この平和な国で俺を護るのも退屈だろうし、できればその時間は鍛錬や休息に充ててほしい。 王宮内を適当に散策していると、窓から見える庭園には子供たちが集まっていた。彼らを先導している者も俺のよく知る人物である。 俺は方向転換して外へと続く扉に向かう。 外に出ると、想像していたより冷たい風が頬を撫ぜた。 いくらムジーク王国が暖かい気候の国とはいえ、油断していると風邪を引くな。俺はマントの首元をかき集める。 庭園を進むにつれ、子供たちの声が大きくなる。どうやら何かを練習しているようだ。 「レミー」 声をかけると、先導役の人物――レミーが振り向いた。 あ、と瞳を大きくする。 「どうしたのお兄ちゃん、お散歩?」 「まぁな。何をしているんだ?」 「パレードのれんしゅーだよ!」 問いかけた相手とは別のところから、とっても元気な声で返事がきた。 そうか、と微笑ましく思って頷いていると、レミーが人差し指を立てて釘を刺す。 「ダメよ、こんなんでも一応国で一番偉いんだから、『練習です』って敬語で言わないと」 こんなんでもって。一応って。 「えー、でもレミー姉ちゃんだってふつーにしゃべってるじゃーん」 「あら、わたしはいいのよ、妹だもん」 子供たちの抗議の声をサラリと涼やかに流して、レミーは優雅に微笑んだ。 彼女――レミー=ムジークは、改めて言うまでもなく俺の妹である。二十一歳彼氏ナシ。 修道院でシスターとして働く傍ら、スラーの教育係でもあり城に詰めたりもしている。 性格はワガママだが、俺からしてみれば可愛いものだ。 「パレードって、何かイベントでもあるのか?」 俺の質問を聞いて、レミーは眉間に皺を寄せた。 「何言ってんの、お兄ちゃんが主役の祭でしょ? しっかりしてよ」 「そーじゅさいのパレード!」 「そ、そうだったな、すまんすまん」 子供たちにも同時にツッコまれて俺は頭を掻く。 創樹祭はそういえばパレードもするんだった。式典のことで頭が一杯ですっかり忘れていたな。 祭の最初に華々しく行われるパレード、その先頭を行く騎士団の次を歩くのが子供たちだ。 選出には修道院が関わっていて、厳正な審査をもって代表となる子供を選んでいるそうだが、やはり花形と呼べるこの役目を我が子にさせてやりたいと思う親は多いらしく、毎年水面下で熾烈な争いが繰り広げられていると聞いた。……詳細は知りたくないが。 つまり、ここにいる子供は選ばれし精鋭たちということになる。 「見て見て、この子、わたしが初めて洗礼をした子なの!」 レミーが一人の子供の肩を抱いて俺の前に押し出す。 少年というよりまだ幼児の域を出ない小さな男の子だった。もじもじと照れくさそうに指を弄っているが、俯いているせいか萌黄色の髪がつむじから美しく生えているのがよく見える。 俺はしゃがみ込んで男の子と目線を合わせた。 「うん、綺麗な髪だな。風の精霊と仲良くなれそうだ」 そう言って頭を撫でてやると、顔を上げた男の子はくすぐったそうにはにかんだ。 くっ、可愛いな。弟たちの幼少の頃を思い出して顔が自然とほころぶ。 「でしょ! わたしの力で色が変わっていくのを見た時は感動しちゃった」 レミーがむぎゅーと男の子を抱きしめた。 俺はそんなレミーを子供ごと抱きしめたいが、多分やったら張り倒されるのでここは我慢する。 ムジーク王国では、生まれて九十九日を過ぎた子に洗礼を受けさせる習慣がある。 生まれたては皆が白い髪で、精霊と対話させ――と言っても子供が精霊語を喋るわけではないが――運命色を導いてやると、以後その色の髪しか生えてこなくなるという不思議なものだ。 色は様々で、特に相性の良い精霊の色が出てくることが多い。 例えば、俺は金髪だから光や雷の魔法が得意だし、熱血娘ソファラの燃えるような赤い髪は火の精霊と仲良しだなと誰が見ても分かる、という具合だ。 ヘオンが氷魔法を好んで使うのも、薄い水色の髪が示す通り水の精霊と相性が良いからだ。 周囲を見回すと、それこそ色とりどりの髪をした子供たちが俺を見上げていた。二十人はいるだろうか。 その鮮やかさは、シドが整えた花畑に勝るとも劣らない。 「何人か来てない子もいるけど、とりあえず本番もこのくらいの人数でお兄ちゃんの乗る馬車を先導するわ。で、わたしが振り付けを教えることになってね。王宮の庭だったら広いし安全でしょ?」 「確かにな。ちなみに許可は――」 「要るの?」 「当たり前だ」 俺は思わず脱力する。 王妹が率いる年端も行かぬ子供たち、ということで目こぼしされたのだろうが、入るだけならともかくここで何かをするというならそれなりの手順を踏まねばならない。 「ねぇ、そこはお兄ちゃんの力で何とかしてよ」 「お前、めんどくさいだけだろう」 「そんなことないよぉ」 猫なで声プラス上目遣い、さらに揉み手まで付け加えて擦り寄ってくる妹に、俺はあっさり根負けする。 「……仕方ないな、事務方に伝えておく」 「やった、ありがと! さぁ皆、気合い入れて練習するわよ!」 こうやって国王をアゴで使うのはレミーくらいのものだろう。 俺もつくづく甘いなと思いながら、パレードの隊列に散開する子供たちを眺める。 何だか張り切っている妹は、自らの鼻歌の伴奏で振り付けのお手本を見せ始めた。 きっとこれは当日の楽しみにしておいた方がいい。 俺は邪魔をしないように、そっとその場を立ち去ることにした。