第3話 国王と女子の秘密

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 政務時間外で誰もいない謁見の間を通り、広い吹き抜けの廊下に出たところでその喧噪は聞こえてきた。

「今、どちらにおいでだ!」
「分かりません、見失いました!」
「くっ、意外と足が速いのだな……!」

 騎士たちが、階下の大広間を右往左往している。何事だ、と声をかけようとして、フラットに口を塞がれた。そのまま今さっき通過したばかりの謁見の間の扉に押し込められる。
「な、何をするんだ」
「……陛下、今出てはなりません。ここは私が」
 扉の隙間からフラットの密やかな声。俺は了承の意を伝えると、その隙間へ耳をそばだてた。
「この騒ぎは何事ですか!」
 大広間の騎士たちに向けて、フラットが凛と声を張る。王弟殿下の登場に、絶え間なかった足音が一瞬で止まって、ザッと敬礼する音が聞こえた。
「はっ! 恐れながら申し上げます!」
 騎士の一人が、訓練で培ったであろうよく通る声で返答した。

「国王陛下が先刻、我々騎士団の備蓄庫に侵入し、食料を根こそぎ食べてしまわれました!」
「無理だろ」

 思わず扉を隔ててツッコミを入れる俺。だって騎士団全員賄える食料で、しかも未調理だろう? どう考えたって俺一人の腹に収めることなど不可能だ。というか可能であっても顎が疲れるから食べたくない。
「……本当にそれは国王陛下でしたか? 姿を見た者は前へ」
 そこでフラットの声が少し遠ざかる。騎士たちの話を聞くため階段を下りていったのだろう。
 うぅむ。このままここに隠れているしかないか……出ていったところで場を混乱させるだけだしな。少々手持無沙汰だが、大人しくフラットの報告を待とう。
 などと考えながら扉に寄り掛かるように座っていたら、急に向こう側から開いて背中からゴロンと転がる羽目になり、危うく大声を出すところだった。扉を開けた人影を床から見上げる。
「なんだ、早いなフラッ――」
「……見つけたぞてめェ」

 フラットじゃなかった。

 先程のヘオンと同様、憤怒の感情を隠しもせずに立っていたのは、今まさに俺を探し回っている騎士団の長、シャープだった。
「よ、よく俺の居場所が分かったな」
 混乱してどうでもいいことを尋ねてしまう。
「匂いがした」
 獣かお前は。
「毎日毎日豪勢なメシ食ってんのに、オレたちのおまんままで横取りたァいい度胸してんじゃねェか、なァ?」
「違う、それは誤解なんだシャープ。お、俺の話を聞いてくれないかヒャア!」
 ガン! と顔の真横に硬い金属のブーツが落ちてきて冷や汗が噴き出る。何も悪いことはしていないはずなのに、俺は転がったまま身動きが取れない。蛇に睨まれた蛙とはこのことだ。いや、まな板の鯉か? この際どっちでもいい。

「さァ、洗いざらい吐いてもらおうか」
「だから話すってゆってるじゃん! なんなのお前!? 会話のキャッチボールって知ってる!?」
「吐くってのは食料だよ」
「そっち!?」

 駄目だ。コイツの投げてくるボールは暴投剛速球ばかりで話にならない。というか食料吐いたら済む話でもないだろうに、彼はそれで満足なのだろうか。そもそも食べていないものは吐けないのだが。
 胸倉を掴まれて強引に立ち上がらせられる。こんな姿勢で至近距離で睨まれていると、たまに主従関係を忘れそうになるな。若干首が締まっているが、逆らって殴られるのも嫌なので抵抗はしないでおく。
 そうこうしているうちに、フラットが騎士たちを伴って戻ってきた。
「シャープ、陛下は本当に何もしていませんよ。離してあげてください」
「ん、そうなのか?」
 ぱ、と突然服を離されて思わずよろける。気道に大量の空気が流れ込んで俺はゲホゲホと咳き込んだ。
「まったく……どうしてお前はこう、俺に対する敬意が足りんのだ」
「盗み食いするようなヤツが主君だなんて情けねェだろ」
「……人の話聞いてた?」
 俺は思わず落涙する。コイツが騎士団長だなんて本当に我が国は大丈夫か。
 フラットがそんな俺を慰めるような眼差しをくれてから、シャープにも分かりやすく説明を開始した。
「騎士の皆さんにお話を伺いましたよ。直接見た者たちの証言によると、犯人の容姿は金の短髪に国王の正装、マントも今現在陛下が身に着けておられるものと酷似していました。……が」
「が?」
 シャープの一文字だけの反芻に、フラットは若干もったいぶって続ける。
「備蓄庫から出てくる際に、一瞬扉に詰まっておられたそうです」
 敬語のせいで、本当に俺がやったように聞こえてくるからやめてと言いたい。
「詰まってた?」
「つっかえていた、とも言いますか。摂取した食料のせいで太ってしまって、通り抜けにくくなっていたということですね」
「えーと、要するに……」
 シャープは筋肉化が深刻な脳味噌の細胞をフル動員して考えている。フラットを見て、騎士たちを見て、それから俺を見て、ぽん、と拳で掌を叩き、合点が行った様子で一言。

「消化するのがめっちゃ早い、ってコトだな」
「ちっっがぁぁぁぁぁぁう!!!」

 俺はだんだんと地団太を踏んで、全身で抗議の意を示した。
「いくら食ったからって扉が通れなくなるほど急激に太れるわけないし、それがちょっと走ったくらいで消化して元通りになるわけなかろーがっ! びっくり人間か俺は!!」
 シャープは目を丸くして俺の訴えを聞いていたが、やがて、
「それもそうか」
 と一言だけ呟いたので、ここでようやく俺の戦いは幕を閉じたのであった。何と戦っていたのかと考えると徒労感しか残らないのだが。
 フラットが苦笑しつつ俺の肩を叩く。
「まぁ陛下が騎士団の備蓄荒らしだなんてとんでもない話ですから焦ったのでしょう、大目に見てあげてください。シャープ、貴方もきちんと情報を集めてから動くんですよ」
「……悪かった」
 そう言いながらシャープが素直に頭を下げてきたので、心の広い俺は許すことにした。部下たちの手前、本来は跪くべきところだが、公務ではないし大袈裟にはしたくないのでまぁ良しとしよう。何より弟の誤解が解けたのが純粋に嬉しい。
「ということは、やはり俺の偽者がいるんだな」
「そうですね、一足遅かったようです。騎士団が王宮内をくまなく探しましたが、恐らく外へ逃げたと思われます。追いますか」
「もちろんだ。どこの誰だか知らんが、俺の縄張りで好き勝手させるわけにはいかないからな」
 俺が一も二もなく頷くと、フラットも神妙な顔つきでそれに倣った。
「分かりました。――シャープ、騎士団に王宮周囲の捜索を命じてください。魔法障壁がありますから、相手は城壁より外には出られないはずです。貴方は陛下の護衛をお願いします」
「了解」
 シャープの指示で、騎士たちが正面の大扉を次々と出ていく。
「魔法障壁を通れない相手なのか?」
 フラットの言に引っかかるものがあって、尋ねてみる。
 ムジーク王国の王宮は、周囲をぐるりと囲む城壁と、その上部から一番高い尖塔を繋ぐ巨大なドーム状の魔法障壁で守られている。この障壁は実体のないもの――魔法を使う際に使役する精霊や、魔力が具現化した生物など――は通ることができないのだ。
「はい、私の推測が間違っていなければ、ですが。……陛下、申し訳ありませんが、私はその件で少々確認したいことがありますので御前を失礼いたします。くれぐれもご自分で取り押さえようなどと考えないでくださいね」
「案ずるな、無茶をする気はない。お前も何か分かり次第すぐに知らせてくれ」
「かしこまりました。では」
 恭しく礼をして、フラットも階下へと降りていった。残された俺は、隣に立つ弟の顔をチラリと見る。シャープは、ん? と片眉を上げて、
「心配すんな、相手が誰だろうとアンタにはオレが指一本触れさせねェよ」
 と不敵に笑ってみせたので、やはりこの男は味方になってくれるなら心強いな、と思い直したのだった。

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